日本の創薬力

暑い日が続きますが、皆様いかがお過ごしでしょうか?


私は北海道育ちのため、暑いのは苦手なのですが、冷房も苦手なので本当にどうすればよいのだろうと日々試行錯誤です。未だに冷房の効いたホテルや電車は苦手ですが、さりとてさすがに暑くて冷房なしも耐えられないです。そんなこんなでブログをかなりさぼってしまいましたが、またいろいろ書きたいと思います。


2週間ほど前、薬学会が主催する創薬セミナーというセミナーが、長野にある冷え冷えの某ホテルで開催されました。このセミナーには製薬企業やアカデミアで創薬研究に従事する研究者が参加しました。創薬研究のトレンドにかかわる情報交換をするとともに、業界の様々なネタを仕入れるのが私の主な目的です。


毎回、創薬研究ではないトピックも招待講演の中にいくつか組み込まれており、今回は厚生労働省から、「創薬強化力に向けた政府の取り組みについて」というタイトルで講演された方がいました。その方は厚労省の経済課や薬事行政にかかわる仕事を歴任し、現在は創薬エコシステム育成施策の立案に従事とありましたので、興味津々で拝聴しました。

講演は正直ハテナがたくさんの内容でした。講演後の質問タイムには、質問時間内に収まらないほどたくさんの質問がありました。私も質問をしたのですが、途中でカットされるほどの盛況ぶりでした。


その後あった懇親会では、この方の講演の内容や私の質問の内容について、何人かの参加者の方から、「よく言ってくれた」とか「政府は何も考えていのがよくわかった」というコメントをたくさんいただきました。やはりこの業界に勤める多くの人達は、医薬政策や行政に非常に関心があるのだと確認した次第です。


「政府は何も考えていない」とは、薬価制度、ひいては医療費の財源である皆保険制度全体の見直しのことです。政府は過去20ウン年に渡り、ひたすら薬剤費をカットする政策を打ち出してきました。その一つがジェネリック医薬品の使用促進であり、新薬においては薬価を極力抑える政策です。創薬研究を行っている研究者は主に新薬の研究に従事しているので、新薬の薬価が抑えられると、勤めている会社の業績が振るわなくなりますし、新薬が売れないのなら研究者なんていらなくなるのです。研究者がいなくなって新薬の開発をしなくなれば新薬を作り出すことはおろか、新薬のライセンスも難しくなります。新薬のライセンスには高度な専門家の評価が不可欠だからです。サイエンスの評価に関しては、外資のコンサルには頼めません。


「よく言ってくれた」というのは、私がした質問の、「武見さんが厚労大臣をしているのは問題ではないか?」というものです。現在の武見厚労大臣の父親は医師会の有名なドンであり、ご本人も医師会から多額の献金を受けていることが公然としれている方が、厚労大臣として中立な政策などできるわけがありません。その武見厚労大臣が「日本の創薬力が~」などと言っているのが変ですよね?という質問です。


日本の医療政策は、医療費の中の薬剤費(製薬企業)と診療報酬(医師会)をどう分配するか、全体のパイをどうカットするかが中心になっています。少子高齢化で全体のパイはこれまで通りの医療政策を続ける限り、なし崩し的に大きくなります。少子高齢化で保険料収入が増えないこのご時世、税金からの拠出も増える一方なわけです。それを何とか食い止めようと政府はいろいろな策を打つのですが、それはすべて一時しのぎの策にしか過ぎないのは誰の目にも明らかです。


講演された厚労省の方でさえ、そのことは百も承知であり会場からの質問にも「国民から健康保険制度全体を見直して欲しいと言われない限り、厚労省では大幅な制度改定はムリ、国民がどうしたいのかはっきりすべき」とおっしゃっておりました。


さらに講演の中で、内閣官房による、「創薬力の向上により国民に最新の医薬品を迅速に届けるための構想会議」について言及しました。このメンバーがまず、創薬を語るにふさわしい人達なのか?であるし、中間報告に関しても突っ込みどころ満載です。講師もこの点わかっているのか、メンバーに関しては、「よく創薬とは関係ないメンバーが多いと言われますが・・・」と前置きをしたうえで、政府の考える創薬とはいわゆるドラッグディスカバリーだけでなく、もっと広い意味での医薬品供給も含まれると説明されていました。だから創薬研究に関係ない、創薬研究より後のステージである臨床開発やその先の原薬や製剤供給にかかわるメンバーも入っているのだと。まあ創薬に関係ない人もメンバーに入ってもいいと思うのですが、正直関係ない人が多すぎるのではないかと思います。

創薬力の向上により国民に最新の医薬品を迅速に届けるための構想会議メンバー

そして極めつけは以下中間報告です。

創薬力の向上により国民に最新の医薬品を迅速に届けるための構想会議 中間とりまとめ概要

創薬力の向上により国民に最新の医薬品を迅速に届けるための構想会議中間とりまとめ


専門外の人が見ると、最もらしいことを言っているように見えるのかも知れないのですが、各論点がバラバラで時間軸が全くあっておらず、関係者が見ると正直「ナニコレ?」です。


日本政府は創薬を軽く考えていて、アカデミアのシーズがあれば1-2年で臨床試験までできると思っている人たちが多いです。それはつまり創薬研究にかかわる人が政策の立案に絡んでいないという証明でもあります。しかし実際は創薬研究の始まりから臨床試験に到達するまで10年以上は普通にかかるもの。特に日本の場合、アカデミアと企業の間にはかなり大きなギャップがあります。その10年だって、博士号+何年も業界の経験を積んだ多くの研究者と研究環境があってこそ生まれるものですし、成功確率も低いものです。米国に一体どれほどたくさんのバイオベンチャーがあるか、NIHの予算がいかに大きいか、どれだけたくさんの研究者が働いているか、調査してみたことはあるのでしょうか?


日本の課題は教育への投資も含め、研究の初期段階に投資が集まらないことが問題です。そのコメントに関しては、「それは企業が研究に投資しないのが問題なのでは?」と講師は答えるわけですが、薬価は政府が決めるものですし、製薬企業は純粋に利潤だけを追求するわけにもいきません。現状、日本の製薬企業は製品を高く売れる市場だけを向いて仕事をしているわけでもありませんし、採算が合わない製品をすぐに引き上げるようなこともしません。つまり製薬産業は自動車産業などと違い、単純にビジネスに徹することができない側面もあるわけです。


製薬企業は日本では基幹産業とみなされず長い間冷遇されてきましたが、コンスタントに多額の税金を国に納めている業界でもあります。通信や自動車など国が力を入れている企業は、何年も法人税を納めていない時期がありましたが。製薬企業はまた、アカデミアを除けば博士号取得者をおそらく一番多く採用している業界であり、高学歴研究者の受け皿であると同時に、先端研究の担い手でもあります。政府はアカデミアの研究のレベルは製薬企業より上と思っているのかも知れませんが、基礎研究を実用化する過程は現在のアカデミア(国立の研究機関を含めて)ではほぼ不可能です。


また、日本では博士号取得者が2006年をピークに年々減少していますが、この点についても講師は、「海外から研究者を呼び込む(帳尻を合わせる)ことも検討しています」とのことでした。最近、政府はなんでも海外からと考えているようですが、トップ研究者を呼ぶのに、一体いくらかかるか知っているのでしょうか?10年位前、日本の高名な大学教授たちが研究室ごとシンガポールや中国の大学に引き抜かれましたが、日本の大学には経済的な面からも、人選という面からも逆のことは難しいと思います。きっと外資のコンサルに丸投げしてスカをつかんで終わりになるでしょう。これまでも官が絡んだ投資ファンドなどは、皆同じような運命をたどっています。しかもこの円安ですから、ポスドク(博士号取り立ての若手研究者)でさえ、恐らくこの講師の2倍以上の給料を出さないと日本に来てもらえないと思います。外国人技能実習生と同じ感覚なのでしょう。その技能実習生でさえ今は円安で日本は無向きもされないというのに、優秀な人材が日本にまだ呼べると思っているわけです。官僚は悪い人達ではないのでしょうけど、世間知らずな面は否めないですね。


国家公務員は基本、2年おきに全く無関係な部署間の移動も含めて移動し続け、ジェネラリストになるべくキャリアを形成します。この講師の講演を聞いた後、私はそろそろこの制度をやめた方がいいと感じました。2年で移動するのは収賄などの犯罪を防ぐ目的があると聞いたことがありますが、それなら公務員(政治家もですが)の収賄罪を金額によって終身刑とか、もっと厳しくすればいいだけだと思います。ちなみに他のアジアの国では公務員の収賄行為はかなり厳しく罰せられます。中国は死刑もありです。日本は公務員に限らず、なんでも刑が軽すぎると個人的に感じています。


国家公務員も専門性を高めるようなキャリア形成をして、出向という形ではなく民間で何年かもまれて仕事してまた戻るというようなことも必要ではないかと感じました。今の制度ですと、民間に出向するときはお客さんで、仕事の能力は期待されず能力の持ち腐れ。逆に専門性が身に付けば、将来天下りせずとも別な場所で活躍することも可能になります。激務を避け、公務員になる東大生が激減しているというニュースを読みましたが、激務だけでなく、職業人として将来社会で通用しなくなることを危惧しているのではないかと思います。もちろん激務にあった適切な報酬が得られていないという情報もインターネットその他から得られる時代になったことも大きいと思いますが。


最後は公務員論になってしまいましたが、今週は台風直撃の中、台湾であったBio Asia Taiwan に参加してきましたので、次回は台湾の医薬研究事情と日本の比較についても述べたいと思います。