今月初め、Yahooニュースに興味深い記事を見つけました。
日本の大人「学力」はトップ水準 OECD調査、生活満足度最下位
OECD国際成人力調査(PIAAC)が10年ごと(と、言っても今回は2回目)に実施している大人の学力調査で日本がフィンランドに次いで2位だったのに、生活満足度は最下位だったという内容でした。このPIAACの調査は2011年に第1回が実施され、今回は2022年から23年にかけて実施された結果が公表されました。ちなみに前回、日本はすべて第1位で、フィンランドが2位という結果でした。
この調査、基本的にはOECD加盟国の調査なので、学力が高そうなインド、中国、ロシアなどが不参加です。したがって世界1、2位と言っても、少々眉唾ではあります。それでも上位にある国がほとんど人口の少ない小国なのに対し、人口1億人を超える日本がトップクラスというのは誇れることだと思います。
この調査の概要を知りたい方は是非以下のリンクから確認いただくとして、基本的には1)読解力、2)数学的思考、3)状況の変化に応じた問題解決能力の3つの分野でそれぞれスコアを競うもので、日本は3)の問題解決能力は前回同様トップスコアでした。
OECD国際成人力調査(PIAAC)第2回調査のポイント(概要)
上記調査概要は、国立教育政策研究所HPより抜粋
日本の特徴は、平均点が高く、得点の分布が狭いこと。つまり非常に低い点数の人も高い点数の人も少なくOECD平均に比べやや高いレベルに偏っていることがあげられます。つまり日本の初等教育は国民の平均的なレベルを上げるという意味では結果を出しているということです。一方でフィンランドなどは日本より得点の分布が広く、低得点の人も日本より多いですが、優秀な人も多いということになります。この辺は教育制度の違いによるものではないかと推測します。
そしてこの報告書の最後にはカントリーノートの概要からの抜粋というのがあるのですが、
「日本では、労働者の約35%がオーバークオリフィケーションで(OECD平均:23%)、5%がアンダークオリフィケーションと回答(OECD平均:9%)。労働者の約29%が、自分のスキルの一部が仕事に必要なものより低いと回答(OECD平均:10%)。理由としては、ITスキルの向上が必要(42%)、チームワークやリーダーシップのスキルの向上が必要(40%)との回答が多い。労働者の46%は専攻がミスマッチと回答」とあります。
つまり日本人は自分のスキルに合わない仕事をしている割合が多く、それが賃金にももちろん反映されていると思います。Yahooニュースのタイトルにあった、「生活満足度最下位」はどこにあるのかちょっとわかりませんが(抜粋でない報告書にあるのかもしれません)、このあたりから読んでいるのかもしれません。
これはもちろん日本の雇用習慣とも関連しています。日本の場合、大学で何を専攻しようが新卒なら皆横並びで同じ扱い、学校で学んだことが直接仕事や賃金につながることは、一部の医師やエンジニアなどの仕事を除いては少ないです。仕事の内容が自分の能力にあっていなくても、それをつまらないと上司に言うことも、それを理由として転職することもないでしょう。また簡単だからと他人の二倍の速度で仕事を終えても賃金が2倍になることはありません。ですからオーバークオリフィケーションの場合、のらりくらり適当に手を抜いて仕事をするしかありません。
日本の雇用制度はメンバーシップ型なので、個人の能力云々ではなく、その組織にいかに長く所属するかが重要です。所属している限りメンバーとしての恩恵をあずかるのですが、その代償として仕事の内容も、部署の移動などもほぼ選ぶことはできません。もちろんどのシステムが良いかは個人の考え方次第ですが、日本型雇用では仕事の内容にこだわりを持って転職する人や、女性のように子供ができて家庭の事情などから辞めざるを得ないなど、メンバーシップを継続できない立場の人には100%不利なシステムです。そしてこのシステムは優秀であるはずの日本人の能力を実力以下で働かせる理由にもなっています。
その昔、私が勤めていた外資系農薬会社では大規模な組織変更が何度かあり、その度に部門ごと仕事がなくなる憂き目にあった人たちがいました。たいていは他の部署に異動するのですが、研究者でかつ特殊な技能を持って仕事をしている人たちは移動も難しいのが実情です。年齢が若ければ全く畑違いの部門に行くことも可能かもしれませんが、定年まで10年くらいのタイミングの人はなかなか難しいものがありました。
その中で鮮明に覚えているのは、薬理(動物)試験の専門家であった男性の方が、研究所の施設管理の部門の責任者になったことです。本人が新しい仕事に関し、勉強する意欲満々だったのは良かったのですが、施設管理を普段しているチームの上にいきなり部外者の上司ができたら、きっとやりにくいだろうなと個人的には思っていました。それでも日本の場合、退職金などを考えると辞めずに会社に残った方が良いという判断になるのでしょう。今だったら例え50歳を過ぎても専門職なら転職先はいくらでもあるのですが、当時の認識としてはそうでなかったと思います。
よく日本の大企業には、使えないおじさんがたくさんいると言われますが、そういう人たちはおそらく、不本意ながらも自分の能力とは合わない仕事を日本の雇用制度の名のもとにせざるを得なかった、かといって転職する勇気もなかった人たちなのだと思います。日本以外の国では、特定の仕事にマッチした人材を最初から募集して採用しますので、採用した人材がその仕事に合わなかったり、パフォーマンスが悪かった場合は解雇の理由になります。ですが日本の大企業のように、職種を特定しない形での採用では解雇することも難しくなります。日本でも特定の職種や中小企業などは逆に、海外のように職種や仕事の内容がおのずと限定されますから、合わない人は直ぐに解雇することが可能です。そういう意味で日本は少なくとも中小企業では解雇が難しい国ではありません。
ですから失われた日本の30年の原因は、日本の大企業にあるでしょう。ローパフォーマーの社員をモチベーションもなく維持し続ける、あるいは若いころは優秀だった社員をローパフォーマーに育てる悪しき習慣です。使えないおじさん化した人は、それはきっと不幸なことでしょう。
PIAACの調査結果に戻ると、日本人個人個人は非常に能力が高いと証明されたのですから、集団としてどうやったらより良い結果を生み出すことができるのか、人事や組織論的にもっと研究しては?と個人的に思います。精神論ではなく、人材配置や制度を変えることで労働効率を上げたり、うまく結果を出せる仕組みをもっと真剣に考えるべきと思います。
私が米国のビジネススクールに留学していた頃、組織論やマネージメント理論の授業は、割合としてかなり多かったと記憶しています。この手の学問は日本ではどういった学部で学べるのでしょうか?人事の専門の学部や学科はあるのでしょうか?日本の人事は、人事部に配属されて人事になった人が多いように思うのですが、人事を体系的に勉強している人はいるのでしょうか?
米国のビジネススクールでは、米国人が日本人やその他アジア人(中国、インド、ロシア、中央アジア)に比べ、数学にめっぽう弱いことがわかりましたが、組織論やマネージメント理論はかなり頑張って勉強しています。思うに日本の大学の学問は文系の場合、昔ながらのリベラルアーツがメインで、あまり実践的な学問が研究されていない感じがします。そういう一般的な文系的教養を身に着けた大学生を総合職として採用し、能力以下で働かせる大企業の業績が上がらないのは当然のような気がします。だとしたら、こうした問題に取り組めば、日本はこれから良い方向に変われるということかもしれません。