今日はフリーランスとして働く人にとって重要な健康保険問題について書きたいと思います。実は年金問題より健康保険問題の方が、フリーランスにはもっと問題が多く、私も個人事業主時代は悩みました。
先週のブログでは日本に住んで海外企業と仕事をするフリーランスの話を書きましたが、フリーランスの健康保険は、仕事先が海外企業でも日本企業でも、日本で生活していれば日本で健康保険に加入する必要があります。
フリーランスには、アルバイトや短期の非正規の仕事でつないでいる人もいれば、特定の職種で一人親方のような請負で仕事をしている人もいるでしょう。翻訳や経理、営業等の分野で、契約ベースで特定の企業と仕事をしている人もいるかもしれません。日本は比較的正社員率が高い国ですが、それには前回述べた年金の問題や、今回お話しする健康保険の問題が深くかかわっていると個人的には考えています。
それでは日本の健康保険制度をまずはおさらいし、他の国とどう違うのか、どう良くて何が問題なのか、まずは書き出してみたいと思います。
1.日本の健康保険
日本の健康保険は基本的に企業や業種ごとの企業組合が提供している場合が多いです。大企業、例えばトヨタやNTTなどは会社単体で健康保険を社員に提供していますし、医師のように職種ごとの保険組合も存在します。フリーランスの場合、職種ごとの保険組合に入ることができるケースもあるかもしれませんが、大多数はそのような保険に入ることはできず、国民健康保険(国保)に加入することになります。
日本の健康保険制度は、歴史的に企業が提供する健康保険から始まり、その保険の対象とならない人のために後から国民健康保険が整備されました。つまり健康保険は最初企業が社員に提供する福利厚生の一部だったわけです。日本の健康保険制度は皆保険をうたっているものの、被保険者が特定の保険組合の保険を選択することはできません。企業に入社した場合はその企業が加盟する保険組合の健康保険しか加入できませんし、国民健康保険の場合は、住んでいる自治体以外の保険に加入することはできません。そして加入する健康保険組合により、所得でも保険料に非常に大きな差があるのが特徴です。ただ普通の日本人はそんなに転職しませんし、各地を転々としませんから、自分の保険料が高いのか安いのか実感としてわからない人が多いのではないでしょうか。
国民健康保険の被保険者となるのは、基本企業保険の被保険者になれない非正規労働者、フリーランス、自営業者、無職者とその家族、75歳以下の高齢者です。定年退職後、後期高齢者となるまでの人が基本国民健康保険の被保険者となるため、国民健康保険の被保険者の年齢は他の保険組合に比べて高く、医療費が高額になることは明らかです。また無職者や非正規労働者がなぜ仕事をしていないのかと言えば、健康に問題があって正規労働に就けない場合も多いです。ですので、常に保険償還額≫集めた保険料になります。足りない分はもちろん税金で補填しています。
一方、無職者や年金受給で細々と生活している退職者は収入が基本ゼロなので、保険料の負担はごくわずかです。その分、現役世代で国民健康保険に加入している自営業者、一部のフリーランスから重点的に保険料が徴収されることになります。
企業保険と異なり、50%の企業の負担分がありませんので、国民健康保険の場合は同じ所得であっても、最低企業保険の2倍の保険料になります。保険料の算定式は自治体によって違いますが、貧乏な自治体の場合は健康保険料も高額になりがちです。しかも家族の人数が増えるごとに加算があります。したがって家族持ちの場合、保険料が安い企業保険組合に比較し、同じ所得の被保険者の4、5倍の保険料負担になることもあります。
たくさん稼いでいる自営業者はいいとして、不安定な働き方をしている非正規労働者や駆け出しのフリーランスにとっては、この高額な健康保険料は負担以外の何物でもありません。現実問題、国民健康保険料が高くて払えない人、滞納している人はたくさんいます。そういう人達に対して以前は、「短期保険証」という、いくばくかの保険料と引き換えに、一定期間だけ有効な保険証を発行する制度がありました。ですが健康保険証がマイナンバー保険証に置き換わることで、この「短期保険証」制度はなくなりました。
したがって滞納がある人は滞納分を払わないと医療サービスを受けられなくなります。また以前は国民健康保険の保険証が自治体ごとの管轄であったため、別の自治体に引っ越すとリセットされてまた保険証が使えるようになっていましたが、マイナ保険証でできなくなるでしょう。確かに、保険料を払わずフリーライドするのは良くありませんが、滞納せざるをえないほど、自営業者や非正規労働者、フリーランスで働く人にとって、国民健康保険の保険料負担が重いということも特筆すべきです。
また、企業が過去30年、非正規労働者を増やし続けてきたのは、こうした健康保険をはじめとする福利厚生費の負担を避ける理由もあったでしょう。
日本の場合、国民健康保険で企業保険組合よりずっと高い保険料を払ったとしても、受けられる医療サービスは同じです。日本でフリーランス(自営業)的な働き方が今一つ人気がないのは、この高い国民健康保険料にも原因があると思います。
2.米国の医療保険
少し前まで日本の「ドラッグラグ」が問題になっていました。それは日本以外の先進諸国では承認されているのに、日本での審査承認作業が遅れていて新薬があっても使えない状態が長く続くことで、日本の厚労省は何をやっているんだというたぐいの話です。確かに米国では画期的な新薬がほぼ世界で最初に承認されますが、医療制度や保険制度が日本に比べて良いかと言われると、クエスチョンです。
米国は日本と違い、医療サービスは自由経済のもとで機能しています。オバマ大統領の時に、日本のような皆保険制度を導入しようとしましたが、様々な反対にあって結局うまく行きませんでした。政府が運営している保険制度に高齢者向けの「メディケア」と低所得者向けの「メディケイド」があります。政府が運営している分予算に限りがあり、使える薬や医療サービスに制限があります。どんなサービスでも保険で受診できるわけではありません。この二つの保険の対象とならない人は、プライベートの保険に加入しているわけですが、ピンからキリまで様々な保険会社、保険のオプションが存在します。
お金のある人は高額な保険料を払い、どんな医療サービスにもアクセスできる保険に加入しますが、そうでない人達は自分たちのふところ具合にあった保険に加入するしかありません。米国の医療は高度な医療にアクセスできる一方、医療費が高騰しています。にもかかわらず、最近では保険会社が支払いを様々な理由をつけて拒否するという事態が多く発生しています。昨年12月、ユナイテッドヘルスケアという米国最大手の保険会社の社長が銃殺された事件がありました。銃殺した犯人は、米国では英雄扱いでした。同社に支払いを拒否され、破産したり、家を失ったりした人はきっと多いのでしょう。Wikipediaには、「ユナイテッドヘルスケアCEO射殺事件」が掲載されています。この記載によると、殺された社長は、AIを使用して請求拒否を自動化し、患者が必要な医療を受けられなくなったとあります。(引用元はこちら)またユナイテッドヘルスケアの保険請求の拒否率が30%越えというのも驚くべき数字です。

上記グラフの引用元はこちら。
また米国の場合、保険会社のプランによって保険料が違うのはもちろんですが、一般的に年齢が高くなるほど保険料が上がります。年収は基本的に関係ありません。それは年齢が高くなるにつれ健康リスクが上がるからです。また元々何か病気のある人は保険に加入できないなどいろいろな制限があります。
先日会社のインド人と健康保険の話をした際、インドでも同じようなシステムであり、さらに保険をたくさん使った翌年は保険料が上がると話していました。保険が自由経済で管理されると、健康リスクの高い人はより高い保険料を払わなくてはいけなくなるでしょう。ただし健康リスクの低い若い世代は逆に、負担が低いということになります。
3.英国、英国連邦の保険
英国やカナダ、オーストラリアは基本、健康保険制度は税金で運営されています。そのため健康リスクの高い人が排除されることもなく、健康保険料の支払いがあってもわずかです。医療サービスは基本的に無料です。年収による保険料の違いもありません。ただしこれらの国では厳しい予算制限のため、日本のように直ぐに病院で診察してもらうことも、X線や超音波診断、CTなどの診断を受けることも益々難しくなっています。英国やカナダでは昨今、移民の流入が激増しており、かかりつけ医が絶対的に不足しています。英国やカナダでは、最初にかかりつけ医に診断してもらわないと専門医に診てもらうことはできません。ですから、かかりつけ医がいないということは医療サービスが受けられないということです。
医療は無料で、誰もが等しくそのサービスを受ける権利があるはずなのに、医療サービスが受けられないのです。救急でさえ、病院に運ばれて医師の診察を受けるまでに二日以上かかるようなこともあるとか。また低予算の制度のため、医療サービス従事者の報酬も低めに抑えられており、同じ英語圏であることも手伝って、より給与の高い国である米国への医療従事者の流出が止まりません。医療従事者のストライキなども頻発しています。私がカナダに住んでいた20年前は、看護師のストライキがなんと半年近く続いたこともありました。
薬に関しては、例え他の先進国で承認されている薬であっても、医療技術評価で費用対効果が認められなければ使用することができません。高価な抗がん剤など、保険収載されないケースもあります。ドラッグラグ以外にも新薬にアクセスできない理由は各国でいろいろあるわけです。
4.日本の医療サービスのメリット・デメリット
日本の医療サービスは米国や英国連邦と比較し、医療サービスへのアクセス、その質ともに非常に優れていると感じます。日本では高額療養費制度という制度を使うことで、高額な医療サービスも薬も、少ない負担でサービスを受けることができます。ですが患者が負担していない部分については、もちろん他の誰かが負担しています。それは高額な保険料を払いながらも医療サービスをめったに使用しない現役世代であり、また政府が国債発行という打ち出の小槌を使い続ける限り、未来の日本人の誰かでもあります。日本は健康保険の制度に関し、長年問題を先送りし続けています。このままでは健康保険の保険料は確実に上がり続けますし、国民健康保険に至っては、滞納者や無保険になる人が益々増えるでしょう。
健康保険の問題も、年金問題同様すでに一刻の猶予もない状態です。フリーランスはこうした健康保険や年金問題に最も影響を受ける働き方であると言えるでしょう。
以下は個人的考えですが、企業や職能別の健康保険組合による健康保険をやめ、健康保険を国で一元管理した方が、リスク管理もしやすく、管理コストも削減できるのではと考えます。(マイナ保険証も動き出しましたし)もちろん企業の福利厚生の一部として、全国統一の健康保険に加え、出産一時金や差額ベッド代の支給、先端治療への補助などをする企業があっても良いと思います。失われた30年で健康保険や年金が重荷になっている企業が増えているでしょうから、その重荷を減らすことで給与を上げることができるのではないでしょうか。