日本がカナダから学べること

私はかつてカナダの永住権を取得して、カナダで生活していたことがあります。カナダは移民で発展した国です。1月に辞任したジャスティン・トルドー首相の父である、ピエール・トルドー首相の時代に現在の移民制度が整備され、カナダの発展に貢献してきました。ですが今、大量の移民による不動産価格の上昇と物価上昇のため、ホームレスが激増しています。どうしてこうなってしまったのか、日本がカナダから学ぶ教訓はあるのか、考察してみたいと思います。

カナダの移民制度について

カナダの移民制度は投資移民と、個人の学歴や技能、職能などをポイントとしてポイントの高い人材を優先的に移民として受け入れる制度の二種類があります。

投資移民は現在、80万カナダドル(日本円で8千万円程)を連邦政府認可の投資プログラムに5年間投資することにより、優先的に永住権が発給されます。金額は時代と共に変っていると思われますが、一般庶民にはかなりの大金です。

香港が中国に返還された直後は、投資移民として香港からの移民が激増しました。彼らは一族で有り金をかき集め、まず一人が投資移民として移民して市民権を得、そして徐々に家族を呼び寄せるという方法を取ります。なぜ彼らが投資移民を選ぶのかというと、ポイント制度では、主に商売に従事していた香港人は高ポイントを取ることができず、他に選択肢がなかったからだと思います。

カナダで生活するようになり、こうした香港系の移民とも会う機会がありました。彼らは実に良く働きます。ある人は移民後、病院のリネンの洗濯の仕事をはじめ、後に自身のリネンの洗濯の会社を興し、徐々に事業を拡大して州のほとんどの病院と取引をしていました。カナダ人があまりやりたがらない仕事を積極的に引き受け、蓄財し、不動産を買い、着実に裕福になっていく典型です。市民権を取った後は家族や親せきを呼び寄せます。

一方のポイント制による個人での移民はというと、比較的高学歴の人が多いのが特徴です。学歴に加え、語学力やカナダが人材を多く求めている職業リストにある技能や職歴のある人達です。カナダでは同じ中国でも、広東人は投資移民が多く、高学歴の中国系移民は北方出身者が多かったです。

高学歴不問の職業も存在します。例えばすし職人です。カナダで不足していて、かつ需要の高い職種はポイントが高くなります。またすでに働く場所が決まっているような人もポイントが高くなるので、個人移民のカテゴリーでも必ずしも学歴が重要ではありません。移民を希望する人の技能や職能が、カナダ国内で需要があるかどうかです。

カナダは資源や観光産業以外は、民間セクターが弱く脆弱なため、高学歴者は医療関係も含め基本的にはほぼ公務員です。ですが公務員になるためには、ほとんどのポジションで市民権が求められます。したがって個人移民をした高学歴者ほど仕事が見つからないという矛盾があります。例えば医師や薬剤師、看護婦は先進国出身者の場合、英語圏出身者は出身国の免許で就業可能ですが、その他先進国(日本含む)は国家試験の再受験が必要ですし、途上国出身者は大学課程からやり直しです。中国人は人生設計を長期で考えている人が多いため(?)、また高学歴者は優秀なため、カナダで医学部に入りなおし、カナダの大学を出て医師になっている人が多いです。ちなみにカナダのGPと呼ばれる、かかり付け医は、インド系または中国系が圧倒的に多いです。

ただそういう事情を知らずにカナダに来て、仕事がなかなか見つからず、結局出身国に帰ってしまう移民もたくさんいます。カナダ人は学歴がなくても比較的簡単に仕事が見つかるのですが、外国人の場合は、飲食業などを除くと、仕事を得るにはカナダの大学を卒業しているのがまずは最低条件です。ですから移民してからカナダの大学院に在籍し、就職活動に備える移民も多くいます。卒業後市民権を得られれば、もともと優秀な人たちなので公務員などにも応募可能だからです。問題は、大学卒業までどうやって生活するかです。

カナダの高等教育について

優秀な人材を確保する方法として、留学生がそのまま移民として労働市場に残るというパターンがあると思います。英国や米国などは、優秀な留学生を引き付ける高い研究レベルがあり、留学生が卒業後その実力を発揮できる産業があります。

カナダの場合、大学はほとんどが国立大学です。そして大学院生のほとんどは外国人です。外国人が多い理由は二つあります。一つは外国人を多くしないと大学のレベルが維持できないこと。優秀なカナダ人学生ももちろんいますが、割合としては圧倒的に少数派で、かつそういう学生は卒業するとより給与や労働条件の良い英国や米国に吸い取られてしまいます。ちなみにカナダに移民で来た人たちも、市民権を取った後は米国に仕事を求めて国を離れる人も多いです。

二つ目の理由は外国人留学生が大学あるいはカナダの外貨獲得の手段になっているからです。(日本も一部の私大ではすでにそうなっています)ちなみにカナダでは、外国人留学生はカナダ人学生の倍の授業料を払います。一方の日本ですが、一部の優秀な留学生に対して、奨学金や生活費を出すのは良いと思いますが、そうでない学生に対しても授業料をタダにしたりする現在の制度は、個人的にはやりすぎだと思っています。

せっかくカナダの大学で人材を育成しても、カナダでは優秀な人材が外に出ていくというジレンマを常に抱えています。カナダの問題は、ケベック州を除き、英語話者が多いため優秀な人材ほど英国や米国といったより大きな経済圏に人材を取られてしまうことです。そのギャップを新しい移民で埋めるという作業を永遠とやっています。日本でも最近の若い世代は語学が達者になっていますから、こままま経済活動が低迷すると、カナダで起こっていることが将来日本でも起こるでしょう。

最近カナダで問題になっている、不動産価格の高騰ですが、この移民制度とかかわりが深いと考えています。理由の一つは移民による不動産購入です。現在の移民制度では、ポイントが高くても直ぐには仕事に就けない人が多いので、仕事につけるようになるまでの日銭として不動産を購入し、賃貸収入で生活するような人も多くいます。投資移民については、香港人のように一族でお金をかき集めなくても、懐に余裕のある移民も多いわけですから、そういう人たちが不動産を購入してその賃貸料で働かずに生活することももちろん考えられることです。そのような富裕層が多く流入する地域は、必然的に家賃も物価も高騰し、元々住んでいる人たちが追い出されてしまうという現象が起きます。

その他、単純に受け入れた移民の数が多すぎ、不動産の需給バランスが崩れ、供給不足の不動産価格の上昇に歯止めが効かなくなってしまった・・・・これは結果的にトルドー政権の終焉につながりました。

最近の中国人移住者問題について

現在、共産党の思想的な弾圧を避けるため、あるいは中国経済の低迷から海外に移住する中国人が増えています。カナダも日本も彼らの移住先の最有力候補です。日本の場合、外国人向けの経営管理ビザ要件が安倍政権下で緩和され、外国人が益々日本に移住しやすくなりました。経営管理ビザで日本に来れば、健康保険も格安の保険料で高額な治療も可能と中国で大評判です。もちろん経営管理ビザで真面目にビジネスをしている人たちもいるでしょうが、ビザの条件が諸外国に比べ緩すぎるため、問題のある外国人も必然的に多くなります。

ちなみに日本の経営管理ビザは、500万円の出資金で会社を立ち上げ、その経営者であることが必要とされています。ですが500万円を実際に日本に投資する必要はありません。(それは帳簿上の話なので)また、実際にその会社の運営にかかわっていなくても取得可能です。最近では経営管理ビザで来日し、日本の不動産を買い、中国人向けに不動産賃貸業をしたり、中国人観光客向けの民泊を経営したりして付近の住民とトラブルを起こすようなケースも増えています。

最近、トランプ大統領が、米国の投資移民のカテゴリーである、80万ドル(1億2,000万円)ほどで永住権を取得できる制度であるEB-5プログラムの投資額を500万ドル(7億5千万円)にアップグレードする案を発表しました。日本の経営管理ビザは、元々は諸外国の投資移民のカテゴリーに相当するものでした。500万円は少なすぎではないでしょうか?なんでもかんでも規制緩和をして日本を安売りし過ぎないようにすべきと思います。また、外国人による不動産の取得についてもある程度の制限は必要と考えています。外国人が自由に不動産の売買ができるのは現在、日本くらいでしょう。

カナダの移民政策から学ぶこと

カナダから日本が学ぶべきことは、外国人労働者や移民の受け入れには慎重であるべきということです。国内に限定しても、労働需給のマッチングは非常に難しい問題です。そこに移民や、移民の家族が入ると話はもっと複雑になります。日本は少子高齢化で労働力が不足しているため、経団連が安価な外国人労働力を求めていますが、そうすることでエッセンシャルワーカーと呼ばれる社会インフラに不可欠な労働者の給与水準が下がり、労働条件が悪化することは避けなくてはなりません。

カナダで私は半年以上にわたる看護師のストライキや、1年近い公共交通のストライキに遭遇しました。これが市民生活にどれほど影響があるか、私は身をもって知りました。日本を離れて一番感じたのは、日本ほど社会インフラを支える真面目で優秀な労働者が多い国はないということです。それを安価な外国人労働力に置き換えることで、社会インフラの維持が難しくなり、治安が悪化するようなことがあれば、国を出ていける人からいなくなってしまうでしょう。

日本は、シンガポールやドバイなどに比べ、富裕層への税率が高く、富裕層を引き付ける魅力に欠けると言われることもあります。ですがどんなに税率が高くても、日本のように治安が良く、文化的なレベルの高い国には住み続けたいと思う富裕層は多いはずです。富裕層のご機嫌を取るために富裕層への税率を下げ、中間層からの課税を強化すれば中間層の生活が立ち行かなくなります。社会インフラの維持ができなくなれば、結果的に富裕層が日本から出ていくことになるでしょう。目先の税収ではなく、政府には是非長期的視野に立って税制を検討して欲しいと考えます。