医薬品関連政策について その3

今日は医薬品を生み出す創薬支援に関して述べたいと思います。

日本の研究開発力の現在地

一つ衝撃的な図があるので皆さんと共有したく思います。

LinkedInに掲載されているSteve Harveyさんの投稿をコピーさせていただきました。

2024年の各国の開発(臨床試験)数を視覚化したものです。

米国がダントツで一位なのは予想通りとして、2位が中国、3位が韓国、そしてなんと日本が世界10位は予想できたでしょうか?

著者のSteveさんはおそらく英国の方で、英国は3位だと思っていたが、4位だった。韓国の躍進の理由は何だろう?とコメントしています。

医薬研究開発分野での韓国の躍進

韓国は10年ほど前から、創薬研究に国策としてかなりの投資をしてきました。なぜそれがわかるかというと、私は長年医薬研究の受託企業におり、韓国をはじめとした各国の創薬ベンチャーのプロジェクトの契約窓口をしていたからです。日本の創薬ベンチャーよりも、近年は韓国の創薬ベンチャーの方が数も多く、パイプラインも充実していると感じていました。

CDMO(医薬品受託製造)の分野では、韓国が特に抗体医薬の製造において、この10年で大きな成功を収めています。日本も韓国を参考に同様の企業を設立していますが、プロジェクトの数が限られていることに加え、海外企業の案件を獲得できず、苦戦しているのが現状です。日本が海外案件を獲得できない主な要因は、英語力の不足と契約手続きにおける対応速度の遅さです。加えて韓国は、サムスンバイオロジクスやセルトリオンなどの大手企業がCDMO市場に参入し、大規模な設備投資を行ったことが成長を後押ししました。

日本の医薬品市場は長らく米国に次いで2位を維持してきました。その市場規模と連動するように研究開発でも世界をけん引していました。現在の開発数の順位は、日本の医薬研究開発における世界における位置をそのまま現していると思います。

医薬研究における日本の戦略

内閣府の「創薬力の向上により国民に最新の医薬品を迅速に届けるための構想会議」中間とりまとめを踏まえた政策目標と工程表 の資料をみると、

創薬支援というよりは、開発支援に近い印象を受けます。

官僚は未だにアカデミアから生まれた創薬シーズがすぐに開発につながると考えているようですが、実際には開発段階に至るまで10年以上かかることも珍しくありません。創薬研究において、シーズから開発段階へ進めるプロセスが最も重要なポイントです。

日本の創薬ベンチャーはこの部分が弱点となっており、しかも十分な投資がなされていないのが現状です。本来であれば、この段階にこそ最も多くの資金とリソースを投入すべきですが、その重要性にまだ十分気付かれていないように思われます。

アカデミアのプロジェクトでは、創薬研究がまだ方向性の定まらない段階で特許を取得してしまうケースが多いため、製薬企業にとって実用性の低い特許となり、政府の支援が逆効果となるケースが多く見られます。

その結果、ベンチャーから製薬企業へ、プロジェクトの導出が進まず、政府系プロジェクトにかかわっている特許事務所へ、使えない特許の申請手数料、管理手数料として莫大な資金が流れ続けるという状況が長年続いています。日本の創薬の発展には、こうした構造の見直しが必要ではないでしょうか。

医薬開発における日本の戦略

「国際水準の臨床試験実施体制」のページでは、まず施設の整備について触れられています。現在、日本の大学病院には補助金によって設立された治験施設が各地に存在しますが、すでに十分な数があるのではないかと感じています。重要なのは施設の新設や改良ではなく、稼働率の向上でしょう。課題の本質は、人材インフラやオペレーションにあり、単に施設を増やすことでは解決できないと考えます。

FIH(First in Human)試験と呼ばれる試験においては、かつては韓国、現在はオーストラリアが国策で追い上げています。オーストラリアのFIH試験の素晴らしい点は、契約を一本結ぶだけで、治験にかかわる一切の手続きを委託先がすべて迅速に行ってくれ、すべて一か所で実施可能という集約型の施設を持っていることです。しかもオーストラリアに現地法人があれば、開発費用の半分近いキャッシュバックが得られるという制度もあります。日本企業もオーストラリアにラボや現地法人を設立しています。日本のような治験施設を各大学に作るというのは、治験を依頼する方も大変なら、それぞれの治験施設で採算がとれるようにするのもかなり厳しいのではないでしょうか?

日本では全国に点在する治験施設がそれぞれ異なるシステムを採用しているため、個別に交渉を行う必要があります。さらに、治験で発生した問題を協議する治験審査委員会(IRB)は各施設で1-2カ月に1度の頻度で開かれることが多く、進行速度が非常に遅いのが現状です。(ちなみに知人によれば、米国では週に2回ぐらいは開かれるとのこと)創薬ベンチャーは迅速な対応を求めているため、コストが低くても進行が遅い環境では積極的に取引しづらいでしょう。これが海外企業ならなおさらです。

海外企業を誘致するためには、契約を含めた業務を英語で円滑に進められる環境が不可欠です。中国の治験施設では、英語がほぼネイティブレベルの治験専門医師が常駐し、専業で業務に取り組んでいます。一方、日本では、医師が通常の診療を行いながら治験を担当するケースが多く、治験に特化した人材が不足しているのが現状です。このようなシステムの違いが、日本での治験実施の難しさにつながっているのではないでしょうか。

データの利用は迅速な対応が不可欠

またリアルワールドデータの活用という耳あたりの良い言葉も資料にあります。NDBの活用とありますが、NDBとは(National Data Base)という電子カルテの情報をデータベース化したものです。実は私も博士課程の学生の時に、NDBデータを使った解析を論文のためにしようと申請したのですが、入手までに1年以上かかり、到着前に博士論文を完了してしまいました。

NDBは、個人情報保護法の観点から審査が非常に厳しいようです。私が入手したかったデータは、個人が特定できるデータを含まない、単に薬剤ごとの処方箋数のデータでした。これが入手まで1年以上かかるのですから、個人の治療歴(個人が特定されないよう処理されたもの)データを入手するには、申請から10年くらいかかるかもしれません。その間に標準治療は変化している可能性が高く、データも活用が難しくなってしまいます。データベースを開放するなら迅速にお願いしたいですね。

こうしたプランの策定にあたり、実際に創薬に携わる研究者や技術者が呼ばれることは少なく、医薬品を使用する側の医師や、実務経験の乏しい大学教授が専門家として招かれ、官僚とともに構想を練るケースが多いと思います。このような体制が続く限り、日本の創薬力は低下の一途をたどるのではないでしょうか。現場の知見を活かした意思決定が必要でしょう。

結語

創薬支援にかかわらず、日本の重要な政策を決定する会議の議事録を確認すると、審議に参加しているメンバーの専門性が不明瞭な審議会が数多く存在することが分かります。形式的に人数を揃えるだけで、十分な議論が行われないまま税金が投入され、国の将来が左右される状況には危機感を覚えます。この点は、今後改善が求められる重要な課題ではないでしょうか。