日本企業がリモートワークに向かない理由

新型コロナの影響で在宅勤務が広まりましたが、最近はオフィス回帰の傾向が強まりつつあります。普段在宅勤務の私にとって、東京の朝のラッシュはなかなか堪えます。

私は2006年から在宅勤務を続けてきたので、リモートワークを語る資格があるのではと思います。今回は、私のキャリアを振り返りながら「なぜ日本企業は在宅勤務に馴染みにくいのか」を考察してみます。

前例のない働き方からのスタート

2006年、日本の商社を退職し、中国・上海に本社を構える医薬研究受託会社と契約を結びました。日本にいながら中国企業に勤務するというのは、当時ほとんど前例がなく、他人に話すと「変わった人」として見られることが多くありました。

契約当初は在宅とはいえ、日本企業とのプロジェクトも多く、顧客を連れて訪問するため年の半分近くは中国に滞在していました。日本企業のいわゆるプロジェクト外注の担当者も、当時はよく海外企業を訪問していたのです。当時は中国へはビザなしで半月程度の滞在なら往復も容易でした。顧客と現地の研究スタッフとの対面も重要視される時代だったのです。

営業=ビジネスディベロップメントの真価

私はこの中国企業で「ビジネスディベロップメント」――いわゆる営業を担当しました。欧米企業を中心に研究の受託を行う新興企業で、社員数は100名ほど。入社から8年後には2000名規模の企業に成長していました。

この仕事は、自ら顧客候補を探し、研究リソースとマッチする提案をし、契約に結びつけるまでが責任範囲です。会社はどの会社に行って何を売りなさいということは言いません。会社にある研究リソースに合いそうな企業を自ら探し、営業に行き、契約をしてもらうという仕事です。働き方は自由ですが、売上目標は明確に設定されており、成果が全てという環境でした。

初期は化合物の合成や研究員の年間契約などが中心でしたが、次第に疾患や創薬ターゲットに基づいた研究プロジェクト全体の提案・契約に仕事の重心が移っていきました。

リモートワークで海外の同僚との付き合い方

営業担当の同僚たちはというと、それぞれの国におり、話をするのは本国で戦略会議的な集まりがあるときのみでした。中国企業にいた時は、定期的に中国から研究担当者が来日し顧客を訪問するので、研究担当者とは非常に仲が良く、彼らを通じて欧米のどんな企業とどんなプロジェクトを実施しているかなど、詳しく聞くことは可能でした。またオンラインの営業会議では、それぞれの顧客とのプロジェクトの状況や契約状況など確認しますので、どの企業とどのくらいのディールがあるか営業担当者は皆知っています。

私がいた中国企業の中国人幹部たちは、基本米国国籍の中国人達で単身赴任のため、私が中国に滞在している時は代わる代わる誰かが一緒に夕食に連れ出してくれ、自分で夕食代を払ったことはありませんでした(笑)。

一方のインド人の場合は皆家庭優先のため、仕事が終わるとすぐ家に帰ってしまうので、出張の時は顧客との会食がない場合はホテルで一人食事をすることが多かったです。中国人は一度親しくなるとものすごく面倒見がよく、話好きなので仕事の話の他プライベートな話も沢山聞く機会がありました。

文化の違いが生む摩擦と橋渡しの役割

プロジェクト推進には、言語以上にビジネス慣習の違いが壁となりました。例えば日本企業の顧客は、中国側に対しては表向き好意的でも、私には厳しいフィードバックを出すことがほとんどで、現地スタッフに誤解や不満を与えることもありました。

また、米国の顧客はプロジェクトが完了すれば、「Excellent!君たちと協業して本当に良かった!!」と大げさに称賛してくれます。米国人はいい加減なところも沢山ありますが(笑)、対人関係のフォローはとにかくしっかりする人たちで、いつも感心していました。一方の日本企業の評価は基本的に減点方式であり、納期の遅延に厳しく、多少の遅れでも値引き交渉に進むことがほとんどでした。他社へのポジティブ紹介や感謝の文化も乏しく、日本のプロジェクトの担当となることを嫌がる研究者も少なくありませんでした。

私はこのような国境を超えた「摩擦の緩衝材」として何度も立ち回り、諦めずに説明と調整を続けました。中国では中国のやり方があり、インドではインドのやり方があります。そして顧客である日本人にも絶対譲れないことはあります。そうした価値観の違う人たちの間を行ったり来たりしながら、最終的に研究プロジェクトというゴールに持ち込むプロセスも、私は政治家の仕事に通じるものがあると感じています。

リモートワークの本質:成果で評価される働き方

グローバル企業でリモートワークが機能するのは、成果で評価される明確な仕事の枠組みがあるからです。営業職であれば数字がすべて。顧客とのアポイントを一定数以上取れないだけで解雇されることも珍しくありません。実際、私が米国企業に転職した際、同日に入社した男性の同僚は3カ月足らずで解雇されました。

ただ明確な仕事の定義と成果評価の仕組みがあることはメリットもあります。前述の米国企業では営業職の8割が女性で、子育て中の同僚も沢山いました。そしてリモートワークをはじめとし、現代のツールを使いこなしながら営業をしていました。

直前までいたインド企業は創業者が有名な女性起業家であり、営業職の7割が女性、全体としても女性が非常に多い職場でした。営業職の仕事というのは毎日コツコツ地道に積み上げることも必要なスキルであり、何より顧客のニーズをしっかり聞くことが大前提なので、女性に向く仕事であると思います。営業職のステレオタイプである、巧みな話術で相手を説き伏せて契約に持ち込むような人は多くありません。(こういうタイプは営業職ではなく詐欺師に多いです)

一方、日本企業では仕事の範囲や評価基準が曖昧なまま運用されており、長時間「働いているフリ」を評価するには出社を前提とせざるを得ない。だからこそ中途採用も進まず、新卒一括採用に頼り、非正規やブランクのある人は排除されてしまう構造になっています。

これは氷河期世代の再就職困難や、育児などで一度退職した女性がパートでしか復帰できない日本の社会構造にも通じています。

おわりに

リモート勤務が難しい業務があることは否定しません。しかし、そうでない職種において在宅勤務が導入されない場合、それは会社側が「成果による評価」ができない会社であることの表れかもしれません。