日本におけるジェネリック医薬品の光と影

2000年代以前、日本ではジェネリック医薬品の利用は限られていました。しかし、少子高齢化の進行と医療費抑制の必要性が高まる中、政府は使用促進に踏み切ります。その結果、数量ベースでの普及率は80%を超え、一定の成果が見られるようになりました。

とはいえ、数字だけでは語れない現実もあります。推進政策の急加速によって、医薬品供給の現場では様々な歪みが生じています。このブログでは、安定供給を実現するために欠かせない構造改革について考えます。

市場構造の違いが生む日本の課題

米国では、特許切れ医薬品の価格は大幅に下がり、世界中のジェネリック医薬品企業が競争に参入します。そのため、ジェネリック医薬品は先発医薬品の時に10分の1以下になるようなこともあります。一方、日本ではジェネリック薬価が先発品の約半額から始まり、毎年緩やかに下がる仕組みです。この構造により、国内ジェネリック医薬品企業は一定の利益を保ちつつ急成長してきました。

しかし、この「イケイケ期」の裏では、次のような課題が積み重なってきました:

  • 海外展開の少なさ
  • 多品目生産のため、1製品当たりの製造スケールが小さく、高い製造単価
  • 世界水準から見ても高価格な日本の原薬(薬の有効成分)

米国のCDMOで勤務していた頃、日本市場は「高くても売れる」と見られていました。ところが今や、日本は世界の物価上昇に追い付けておらず、円安も手伝って調達力の弱さが露呈しつつあります。

製造改革を阻む「日本型手続き」

海外企業は製造プロセス(原薬を製造するための方法、レシピ)の見直しに積極的で、常に製造プロセスを検討し、少しでも安く、効率よく製造製造できるよう日々探求しています。有望な製造プロセスが見つかったなら、それを直ぐに製造に適用します。そうしないと市場価格の下げ圧力に対抗できないからです。ですが日本では、手続きの煩雑さから新しい製法の導入が敬遠されがちです。億単位のコスト削減が可能でも、「手続きが面倒だからやらない」が現場のリアル。この事務手続きの重さは、医薬業界のみならず、日本社会全体に根深く存在しています。

また輸入原薬に頼っている企業では、自社で製造プロセスを見直すことはそもそもできませんし、価格が合わなければ他社に切り替えるか、値上げを受け入れるしかありません。これは原薬だけでなく、製品を製造する際の原材料にも言えることです。非常に外圧に弱い構造です。

結果として:

  • プロセス改善に消極的
  • 外圧に弱い供給体制
  • 自社での構造改革が困難

2011年の東日本大震災で、日本で唯一の甲状腺の薬を製造していたあすか製薬の工場が被災し、供給が完全にストップしました。その時は海外から緊急輸入することで事なきを得たのですが、以降政府は、新薬、ジェネリック医薬品にかかわらず、供給体制の複線化を求めています。多品目を抱えるジェネリック医薬企業にとっては実現が難しい状況です。

業界の再編による持続可能な供給

現状では、ジェネリック製品の3〜4割が赤字とも言われています。政府は赤字品の製造を得意とする他社への委託製造を促していますが、根本的な見直しが必要です。

再編のビジョン:

  • 赤字製品は撤退
  • 得意分野へ集中
  • 各製品を2〜3社が供給する体制へ

これにより、企業は品目数を絞り、品質管理や原薬調達により多くのリソースを投入できます。製造コストも下がり、安定供給が実現しやすくなります。

また、供給企業が集約されれば、病院や薬局等、医療機関側も過剰在庫リスクを回避でき、在庫管理も合理化されます。

市場に不可欠であるものの、現在の薬価では赤字でどの企業も製造を見合わせるような製品については、製造を引き受ける企業を確保できるまで薬価の引き上げの上を行うしかないでしょう。

品質保証とガバナンスの教訓

数年前の小林化工による製造事故は、業界に深い傷を残しました。「裏手順書」「確認漏れ」「教育不足」— 急成長による人材・体制の不備が、重大な不正を招きました。

この事例から言えることは:

  • 信頼こそが安定供給の礎
  • 情報公開の徹底が不可欠
  • 日本企業における通報制度の整備が急務

私が以前勤務していたインドの製薬企業では、品質不正やハラスメントに対する通報制度が整備されていました。問題ごとに専用の電話番号やメールアドレスが設けられており、通報が入ると即座に調査委員会が立ち上がる仕組みが確立されていました。

この制度は形式的なものではなく、毎年の人事研修でも最初に取り上げられるほどの重要項目として徹底されていました。組織全体が「不正は見過ごさない」「報告を奨励する」という明確な姿勢を共有しており、健全なガバナンスの一端を担っていたと思います。これは残念ながら、日本企業に欠けている制度であると感じます。

ジェネリック医薬品供給は国防にも関わる

コロナ禍では、インドが一時的に医薬品輸出を停止しました。この出来事は、医薬品の安定供給が医療のみならず、国防にも直結することを示しています。

今後は以下のような視点が求められます:

  • 一部製品の国内製造維持
  • 薬価の再設定による競争力確保
  • 世界の物流リスクへの備え

医薬品政策は、経済・安全保障・健康の交差点に位置しています。その責任は非常に重いです。

最後に

ジェネリック医薬品の使命とは、「必要な人に、確実に届けること」。そのためには品質管理、供給体制、そして業界の健全な再編が不可欠です。

数値目標を達成するだけでは、十分ではありません。これからの医薬品政策は、「持続可能な信頼の構築」に焦点を当てるべき時期に来ています。