創薬力強化に向けた政府の取り組み

本日は政府が進めている「創薬ベンチャーエコシステム強化事業」の中でも注目されている「先端創薬機構」構想について、専門家の視点からわかりやすく、そしてちょっと辛口に解説します。

日本の創薬力、どこが問題?

以前のスペースでもお話ししましたが、日本の大学発スタートアップは2022年時点で363社。これはアメリカの約3分の1。そしてベンチャーへの投資額は、なんとアメリカの100分の1。研究力はあるのに、事業化や資金面で大きく遅れをとっているのが現状です。

日本は自国で創薬研究ができる数少ない国のひとつです。だからこそ、大学発ベンチャーを育てる仕組みが必要です。そこで登場したのが「先端創薬機構」構想です。

「先端創薬機構」ってどんなもの?

この機構は内閣府の直轄で設立準備中。主な仕組みは以下の通りです:

•            認定されたベンチャーキャピタル(VC)がスタートアップに投資すると、機構がその2倍の資金を追加で投資する。

•            VCが投資をためらうようなハイリスク案件には、機構が直接投資する。

•            世界的な専門家を招いて、プロジェクトの評価や支援を行う。

一見すると、創薬ベンチャーを後押しする理想的な仕組みに見えます。でも、実は見過ごせない問題がいくつもあります。

問題点①:VCの選び方が不透明

すでに30社以上が「認定VC」とされていますが、創薬分野で実績のあるVCは一部のみ。認定VCの条件として、「海外ベンチャーへの投資経験」があるせいか、逆に日本の創薬スタートアップに投資経験のない海外VCも多くあります。海外ベンチャーへの投資経験と言っても、リードインベスターとして海外ベンチャーに投資するのと、海外大手VCに便乗して、少額を海外ベンチャーに投資するのは全く違います。基準を設定した側はこの違いを分かっているでしょうか?

本来なら、国内外を問わず、創薬ベンチャーの初期から関わり、投資先が薬事承認やライセンス契約などの事業上の成果を出した経験があるVCを選ぶべきです。選定基準とプロセスの公開は必須です。

問題点②:世界的権威を呼ぶことは本当にできるのか?

構想では、世界的な専門家を招いてプロジェクトを評価するとしています。でも、内閣府の給与体系では、海外のトップ人材に十分な報酬を払うのは現実的に難しいでしょう。円安も追い打ちをかけています。

しかも、彼らには投資回収の責任がないため、リスクの高い案件に本気で関わる動機が薄いのです。

問題点③:責任の所在があいまい

VCは自分たちの資金を回収するために、スタートアップを本気で支援します。でも政府機関にはそのインセンティブがありません。失敗しても誰も責任を取らない仕組みでは、投資判断の質が落ちるのは当然です。

また余談ですが、海外のVCは通常パートナー制をとっており、投資の失敗は個人の責任となります。会社組織が多い日本のVCはそうではないことが多いですが。官製ファンドの場合はなおさら・・・。

問題点④:支援インフラはすでにある

構想では「日本には創薬支援の企業がない」とされていますが、実際にはグローバルのCROやCDMOなどの専門企業は国内外に多数存在します。製薬企業出身者が多い創薬スタートアップでは、日常的にこうした企業にアクセスしてプロジェクトを実施しています。大学や国立の研究機関をはじめとする日本のアカデミアはこうした情報が共有されていない、あるいは知っていても海外企業を仕事をする事務手続き的なハードルが高いことです。アカデミアに必要なのは、英語で契約交渉できる法務や事業開発の人材育成です。また、グローバルのCROやCDMOと協業して普段から英語に慣れ、英語でのデータや契約があれば将来、海外企業とのライセンス交渉やMA交渉に有利に働きます。

問題点⑤:官僚組織の限界

日本医療研究開発機構(AMED、研究予算の配分にかかわる組織)などの現場では、専門家の多くが出向者や定年後の再雇用者です。これはAMEDに専門性の高い現役の人材を中途採用する予算がないためと考えます。AMEDの人材戦略は、すでに定年退職したものの、高い専門性を持つ人材の能力を活用するという意味ではよいと考えます。ですが現実問題として、製薬業界は一般的に公務員に比べて給与レンジが高く、優秀な現役世代の人材を引き抜くことが難しいと言えます。先端創薬機構でも同じ問題に直面することは明らかです。AMEDではこうした専門人材が、官僚の専門的見地からおかしいと思えるような提案にも「NO」と言えない空気があり、実質的な評価が機能していないという声があり、構造的な限界があります。

問題点⑥:大学発ベンチャーの誤解

大学発ベンチャーは研究機関ではなく、事業化のための組織です。ところが、設立後も研究活動が終わらず、事業化に進めないケースが多くあります。日本の大学発ベンチャーの場合、研究段階にあるプロジェクトを無理やり事業化し、その後の投資が呼び込めず、そのまま消滅するケースが多いです。VCが投資しないのは研究の内容ではなく、事業化のステージにないことかもしれません。対象の選定が甘いと資金が無駄になります。

問題点⑦:過去の失敗から学んでいない

官製ファンドの失敗は枚挙にいとまがありません。

  • ジャパンディスプレイ(産業革新機構):3,000億円投資 → 競争に敗れ赤字
  • JOLED(産業革新機構):1,390億円投資 → 民事再生法申請
  • 新東京銀行(東京都):1,400億円投入 → 赤字続きで撤退
  • クールジャパン機構:出資案件の4割が回収不能
  • 農林漁業成長産業化ファンド 赤字続きで廃止

共通するのは「政治主導」「箱物設置」「責任不在」。投資は補助金ではなく、成果を出すための仕組みが必要です。

では、どうすればいいのか?私からの提案はシンプルです。

先端創薬機構への提案

1. 新しい機構は作らず、AMEDを活用する

既存のAMEDに投資予算の管理を任せ、箱物を作る予算は研究費や人材育成に回す。

2. VCの認定は段階的に

まずは少額で実績を積ませ、2〜3年ごとに成果を評価。医薬研究開発の成果は短期間では出にくいので、評価は事業計画と進捗状況の乖離で評価する。結果を出せないVCは認定を取り消す。逆に良い評価のVCには投資の金額の枠を段階的に引き上げる。認定はゴールではなくスタートとします。

3. 責任と透明性のある仕組みを

誰が、なぜその投資判断をしたのかを公開し、失敗から学べる仕組みを作る。

4. 外部サービスを使いこなす力を育てる

英語で契約交渉できる人材を育て、グローバルな支援企業と連携できる体制を整えることが、日本の創薬力を底上げする鍵です。医薬研究開発サービスを提供する企業については、同様のものを今から日本に作っても、その企業が競争力のあるものになるまで時間がかかる。日本発CRO・CDMOを作るなら長期計画で。こうした企業も基本、海外企業と協業できるようにすることが経済的にも必須だと考えます。日本企業だけ相手にする企業は今後採算が取れないでしょう。

最後に

創薬は日本の未来を支える重要な産業です。でも、政治主導の安易な仕組みではなく、専門性と経済合理性に基づいた支援が必要です。新しい箱を作るより、今ある仕組みを賢く使い、成果につながる投資をしていくべきと考えます。

ご意見・ご感想もぜひお寄せください。

関連資料:

日本の創薬力強化に向けた課題と具体的な強化策  内閣府資料

日本政府、創薬3500億円基金の衝撃 VC投資の倍額を海外にも大盤振る舞い