韓国の創薬スタートアップ支援はなぜ日本より成功しているのか

今日は「韓国の創薬スタートアップ支援はなぜ日本より成功しているのか」というテーマで、韓国の創薬支援体制、特にKDDF(Korea Drug Development Fund)の取り組みと、私自身が仕事を通じて感じてきた韓国バイオベンチャーの成長についてお話しします。

創薬研究の国際的な背景とアジアの立ち位置

20年ほど前まで、ゼロから新薬を生み出せる国は限られていました。日本、米国、そしてヨーロッパの一部(英国、ドイツ、フランス、スイス、イタリア)だけが創薬研究をリードしており、その他の国々はジェネリック医薬品の供給が中心でした。アジアでは日本が唯一、創薬から上市まで一貫して行える国だったのです。

しかし、状況は徐々に変化。中国は専門人材と資金力を背景に、欧米にライセンスを提供する企業が増加。米国も中国の創薬ベンチャーを脅威と捉え始めています。そして韓国も、かつてはジェネリック中心でしたが、KDDFの設立以降、創薬ベンチャーが台頭するようになりました。

KDDFとは?韓国政府による戦略的創薬支援

KDDFは2011年に韓国政府が設立した国家プロジェクトで、医薬品開発を戦略的に支援する基金です。保健福祉部、科学技術情報通信部、産業通商資源部の3省庁が連携するコンソーシアム型で、基礎研究から臨床、上市までを一気通貫で支援しています。

日本の「先端創薬機構」と似ているように見えるかもしれませんが、両者には大きな違いがあります。KDDFは2011〜2020年に約1.6兆ウォン(約1600億円)を投資し、2030年までにさらに2.2兆ウォン(約2200億円)を投入予定。一方、日本の支援機構は約3500億円の基金を想定しており、VC経由の資金提供が中心。韓国は明確な戦略に基づいて資金を配分している点が大きな違いです。

KDDFの支援は資金だけでなく、専門人材の育成、知財・技術支援、国際共同開発の推進など多岐にわたります。特に国際展開を重視しており、海外導出や国際治験の支援も積極的です。

実績が示す韓国の技術力

KDDFが支援したプロジェクトは162件以上、ライセンスディールは34件以上で総額47億ドル。そのうち約40%が海外企業との契約です。これは韓国の技術力がグローバルに認められている証。KDDFの公式サイトでは、支援プロジェクトが創薬ステージごとに詳細に公開されており、日本にもこの透明性が求められます。

KDDF Pipelines

LinkedInでKDDFのスタッフを調べてみると、創薬研究の実務経験者が多く、バイオベンチャー経営者や元製薬企業の研究者など、現場を知る人材が集まっている印象です。

韓国バイオベンチャーの躍進と国家戦略

私がCROに勤務していた2015年頃から、韓国の創薬ベンチャーが明らかに増え、力をつけてきたのを実感しています。韓国企業は英語力が高く、意思決定も非常に速い。CROとの契約も「説明が終わった瞬間に即決」ということもありました。

2025年9月、韓国政府は「K-Bio Pharmaceuticals: 世界トップ5強国へ」というビジョンを発表。2030年までにバイオ医薬品の輸出倍増、ブロックバスター新薬3つの創出、臨床試験数で世界3位を目指すという具体的な目標を掲げています。バイオシミラーの審査期間短縮や、CDMO分野での世界トップ3入りなど、制度設計と産業支援が連動している好例です。

KDDFの支援内容と現場の声

私が韓国企業から直接聞いた情報では、KDDFは創薬研究に必要な試験を一部無料で提供しているとのこと。その中に薬理試験があります。これは候補物質が実際に効果を示すかどうかを、病態モデルと呼ばれる動物で検証する試験です。

動物試験には賛否ありますが、現時点では臨床試験前に安全性・薬効を確認するために不可欠です。免疫不全マウスは1匹20万円以上することもあり、統計的に有意なデータを得るには30〜40匹が必要でしょう。ですから1回の試験で500〜1000万円かかるのは珍しくありません。薬理試験のノウハウを持つ専門家による試験設計の工夫と、経験豊富な受託機関の選定が重要です。

日本のアカデミアでは、予算不足から動物試験を行わない、あるいは数匹だけを使用して効果を主張するケースもありますが、それでは製薬企業がプロジェクト評価できません。アカデミアで問題ないとされるような試験結果が、製薬企業で研究データとして評価されないことは多々あります。その違いがアカデミア出身者には理解できないことも実際多いのです。だからこそ創薬研究支援の政策を検討するには、アカデミア出身者以外に、産業界の参加も不可欠です。

KDDFの内部には専門家がいて指導しているようです。ただし、代謝安定性試験や有機合成などはKDDFが提供しておらず、海外CROに発注するケースが多いようです。

韓国の躍進を支える「英語力」と営業力

韓国の国際競争力を支えるのは、英語力と営業力です。かつて日本と韓国は英語が苦手な国でしたが、韓国は国を挙げて英語教育に取り組み、今ではビジネスパーソンの英語力が非常に高いと感じます。

日本でもこうしたバイオ分野のCDMOへの投資が進んでいますが、実態は日本企業の海外CDMOの買収が中心で、政府支援が海外拠点整備に使われてしまうケースもあります。日本企業は海外営業力が弱く、基本的に外部からプロジェクトを受注できないため、売上が伸びないのです。売上が伸びている企業は、「買収先が海外で案件を取っている」というからくりがあります。富士フイルムやJSRなどがその例です。

韓国CDMOの躍進は、設備や製品品質だけでなく、英語力を含めた営業力が大きな要因です。日本では営業職を敬遠する若者が多く、海外営業力が弱いため、募集しても人が集まらないようです。私は57歳ですが、この業界では引く手あまたです。専門知識を活かせて、給与も良く、転職で収入が下がったことはありません。特に女性には、海外企業でのフルリモート勤務をおすすめしたいです。日本の場合、理系の専門知識を持つ営業職の給与水準が残念ながら海外ほど高くないため、円安の今は海外企業に直接雇われる方が、メリットが大きいです。

また日本の場合、外資系企業の医薬関係のCRO(前臨床、臨床試験共に)の営業担当者は、これまで海外の大学を卒業し、英語はできるけど、元々文系で専門知識は今一つの人が多く、海外企業の営業担当者と温度差がありました。ですが昨今、海外企業は営業にもPhDを求めるのが普通になっており、日本にある外資系企業も日本人の代わりに、理系のバックグラウンドがあり、かつ英語や日本語が堪能な韓国人や中国人、あるいはインド人などを採用するようになってきています。いかに日本で創薬支援サービスにかかわる日本人人材が不足しているかわかると思います。

日本の創薬支援に必要な視点

創薬支援の制度設計には、現場経験のある人材が関わるべきです。しかし日本では、官僚や大学関係者など、実務経験のない人が中心になっていることが多く、必要な支援内容が見えていないのが現状です。

2012年、KDDF設立の翌年、私が内閣府の医療イノベーション室の調査団に通訳として同行した際、中国では「支援はするが、評価は世界標準で厳しく」という体制が整っていました。日本もこのような透明性と実効性のある支援体制を検討するべきでした。ですが、そうはなりませんでした。日本が参考にしたのは米国のNIHだけです。予算規模も人員もけた違いに違うNIHを参考にすることに果たして意味があったのか。

当時、調査に一緒に同行したコンサルタントが言ったことをよく覚えています。コンサル会社に丸投げされた報告書は、内閣府からページ数の指定はあったものの、内容に関しては何の要望もなく、提出後も誰にも読まれることもなくお蔵入り。それでは調査を実施した意味がありません。まったくもって税金の無駄使いです。

「なんとなく支援」から「戦略的育成」へ

日本はこれから先端創薬機構を通じて創薬ベンチャーを支援しようとしていますが、概念的で具体性に乏しく、目標も曖昧です。韓国のように、政府が数値目標と期限を明確に設定し、規制改革・人材育成・資本支援を一体で進める姿勢が、今の日本にこそ求められています。

創薬は国の未来を左右する産業です。日本にも優れた技術や人材はたくさんいます。ただ、それを活かす制度設計や支援体制が追いついていないのです。

韓国の成功から学ぶ、日本の未来へのヒント

今や韓国は、バイオシミラーやCDMO分野で世界トップクラスの競争力を持つ国になりました。これは偶然ではなく、国家としての明確な意思と、現場を支える仕組みがあったからこそです。

日本も、創薬を「なんとなく支援する」段階から、「戦略的に育てる」フェーズへと進むべき時期に来ているのではないでしょうか。制度、教育、産業支援、そしてグローバル展開––それらを一体で考える視点が、これからの日本の医薬産業に求められていると私は思います。

創薬は、国の未来を左右する基幹産業です。優れた技術や人材を活かすためには、現場の声に耳を傾け、実践的な支援体制を構築することが不可欠です。韓国のKDDFのように、明確な目標と期限を持ち、支援の透明性を高めることで、スタートアップが安心して挑戦できる環境を整えることができます。

おわりに

今日は、韓国の創薬支援の取り組みを通じて、私たちがどんな未来を描けるか、一緒に考えるきっかけになれば嬉しいです。
日本にも、創薬の可能性を広げる力は十分にあります。あとは、それを活かす制度と戦略をどう描くか––。
これからも、現場の声を届けながら、未来につながる支援のあり方を考えていきたいと思います。