日本の農業と農薬について考えること

現在は医薬研究に関わる仕事をしていますが、実は私は農薬の研究からキャリアをスタートしています。ですので、農薬のことも一般の方よりはずっと詳しいです。

最近たまたまYouTubeで、ひろゆきさんと、参政党の神谷さんの対談を拝見し(【オーガニック】ひろゆき「頭がいい人だと思うけど」重点は農業政策?データは?参政党に聞く【前編】)思うことがありこのブログを書いています。今は農薬会社とはなんの関係もないので、事実関係だけを書きます。

参政党の神谷さんについては、小麦は農薬が残留しているから危険だという主張を一度聞いたことがあり、?と思っておりました。私の周りも、がんになった人が多いのですが、それが小麦のせいであるというデータも、研究結果も今のところないと思います。がんが増えたのは、小麦以外の原因も多く考えられます。もしかすると水道水とか、空気が原因かもしれません。小麦に限定するには、エビデンスが少なすぎるように思います。

一方で、小麦に残留する農薬で最近注目されているものに、グリホサートという除草剤があります。参政党ではグリホサートについて逆に言及されていないように思えるのですが、おそらくグリホサートのことをおっしゃっているのではと考えています。話が難しくなりすぎないようにと、参政党では敢えて言わないのかもしれません。

グリホサートは除草剤として元々開発されたものですが、このグリホサートの耐性遺伝子を組み込んだ遺伝子組み換え作物が、2000年以降、特に北米、南米など大規模農業で栽培されるようになりました。作物を育てるあいだの除草作業は、時間も手間もお金もかかるもの。除草剤で作物を枯らさず、除草できるメリットは大きいので、どんどん使われるようになりました。いわゆる遺伝子組み換え作物です。ただし遺伝子組み換え作物には、グリホサート耐性作物以外にもいろいろあり、全てに問題があるわけではありません。

グリホサート耐性作物の功罪はまず、普及によってグリホサート耐性の雑草が逆に増えていることです。作物だけが耐性になるように設計されたものの、自然の力は人間の小手先の技術などおよびではないとでも言うかのように、今やグリホサート耐性の雑草の防除が問題になっています。

もう一点はグリホサートの使い方です。実は小麦に関しては、グリホサート耐性の遺伝子組み換え小麦というのはありません。ですから小麦からグリホサートが検出されることは、本来ありえません。作物を育てている間にグリホサートをかけると、枯れてしまいます。ではどこで使うのかというと、小麦の穂が実った後、収穫の前、除草剤をかけて、あえて枯らすという作業をし、早く小麦を収穫できるようにするためです。後から枯らす目的で散布するので、必然的に残留量も多くなるのです。

グリホサートに関しては、一時発がん性があるのではないかと疑われましたが、現在公には発がん性は認められておらず、安全性も他の農薬に比べて比較的高いと言われています。ただ農薬というのは、農薬の登録の際に、様々な試験で安全性を確かめたとしても、環境中に残留したり、飲み水から長期間取り込んだりということもあるので、個人的には販売後も長期間モニターすべき対象であると考えています。短期では人体に害がなくても、長期で取り込んで人体に影響が出ることもゼロではないと思いますし、農薬に関しては、薬と違って人体での試験は基本的に実施しません。ですので、人体で安全とは言い切れないものがあると考えます。一日許容量なども設定されていますが、それは他の哺乳動物のデータに安全係数をかけて、ヒトでの値に置き換えたものです。

それから個人的に、グリホサートでおかしいと感じることは、厚生労働省の発表している残留農薬の基準値の設定です。

10ページにグリホサートの基準値が掲載されていますが、麦や豆類の基準値が他の野菜の100倍近い値に設定されています。普通に考えると、野菜ばかり毎日何百グラム、あるいは何キロも食べる人はいません。ですが主食に近い食べ方をされる麦類や、加工にまわる大豆などで、基準値がより高く設定されるというのはおかしいです。通常は逆の設定で、量をたくさん食べられない葉野菜などの残留基準値が、主食より高い基準になるはずです。この辺が陰謀論の始まりではないかと思います。厚労省はこの基準に設定した背景を、科学的にきちんと説明すべきだと思います。

また米国のNational Wheat Foundationのサイトによれば、小麦の収穫の直前に使用されるグリホサートは全小麦の作付面積の3%しかないと書かれています。一般的な使われ方では決してないということですね。日本が、残留基準を30ppmにしないと輸入できない小麦は、グリホサートを収穫の直前に使用したものでしょう。米国でわずかしかないはずの、グリホサートを収穫前に直前散布したものが、日本を選んで輸入されているというのはちょっとどうなの?と思います。ちなみに日本では、小麦に対し、収穫前にグリホサートを散布することは禁止されています。

グリホサートに関しては、様々な国で使用が禁止され始めています。発がん性は正式に認められていませんが、ヨーロッパのほとんどの国、米国のカルフォルニア州、豪州などで禁止され始めていることは事実ですし、グリホサート耐性の雑草が増えているのですから、今後は使用量も減ると思います。

最後に農薬の是非についてですが、昔農薬会社にいたとき、若くてとても優秀な協力農家さんと話をしたことがあります。その方がおっしゃるには、日本で農薬の使用量が多いのは、兼業農家が多いからと。週末しか畑を見ないから、虫が発生したり、病気になったりしても早期に解決できない。だから農薬会社は農薬カレンダーなるものを配布して、この週はこの殺虫剤、次の週はこの殺菌剤というように、作物になんの問題がなくても、予防的に、機械的に散布するように勧めるのだと。その農家さんはちなみに、農薬会社の協力農家でありながら、ほとんど農薬は使っていないとおっしゃっていました。専業農家で、毎日きちんと作物に向き合っている農家は農薬の使用量も少ないのだと。

ひろゆきさんと神谷さんの対談で、農薬を減らすと収穫量が下がる、下がらないでもめていましたが、農薬を減らして収量を減らさないことは可能ではあるでしょうが、大多数の日本の農家にとっては難しいことでしょう。ですが、ひろゆきさんの、しゃくし定規な突っ込みも、ちょっとやりすぎ感がありました。

ただどんなに頑張って農薬を減らしても、結局農協が、いい作物も悪い作物もまとめて同じ値段で買い取るから、農家の努力は全く報われないとその農家さんはおっしゃっていました。その農家さんは、農協を通さず、自ら作物を全国の市場に出荷されていました。まだインターネットが普及していない時代でしたが、各地の市場のデータをとり寄せ、品薄の市場に自分の作物を宅急便で送ると。それだけで儲かるんだよと。農家とは作物を作るだけでなく、経営のセンスも重要なのだと、その農家さんに教わりました。今時の若い農家さんは、逆にそのような感覚を持ち合わせて、農業に参入されている方もいるのではないかと思っています。

日本は戦後の農地改革で、経営者である地主と、作物を生育することだけを担っていた元小作農が分離されました。元小作農の中には、経営センスのある方もいたでしょうが、多くは農協という別の地主に依存することになり、次いで農業だけでは食べていけなくなって、出稼ぎ先の企業という地主に依存し、真の意味での農業の近代化が進まなかったのではないかと感じています。