まず日本の派遣会社の事業所数ですが、2021年の統計で42,448か所ありました。これは世界的にも突出した数字となっています。
ちょっと古い数字なのですが、国際比較のデータがあります。2006年には日本が30,600、米国6,000、英国10,500と比べても、その差は歴然です。

この数というのは実は、コンビニの店舗数(2025年7月時点 約55,882店)に匹敵するほどなのです。(日本フランチャイズチェーン協会HPより)
では、なぜこのような状況が生まれたのか。今日はその背景と課題、日本の雇用慣行、経済の仕組み、日本人の働き方など様々な問題がふく雑に絡み合っています。こうした事情の他、海外事例なども含めて、問題解決に向けた提言までお話ししたいと思います。
企業のコスト削減の動き
日本に派遣会社が増えた理由の一つ目は、大企業を中心とした「コスト削減ニーズ」です。
企業は常に人件費を抑えたいと考えています。日本では同一労働同一賃金が十分に徹底されておらず、派遣社員は正社員と同じ仕事をしていても賃金が低い現実があります。これは企業が、派遣労働者を受け入れるインセンティブになります。ですから逆に政府が同一労働同一賃金を徹底することで、派遣よりも正社員をという動きになるとも考えられます。
派遣社員は派遣会社の社員であることから、派遣先の企業の社会保険料の負担にはなりません。また会計上、人件費のような非課税のカテゴリーではなく、外注費などの消費税の課税対象のカテゴリーになり、企業にとっては支払う消費税が増えることで、売上にかかる消費税と相殺することができ、節税対策にもなります。
ですから企業にとっては、派遣社員を使うことで、社会保険の負担の軽減と節税の両方を実現できのです。
また、日本の雇用制度では業績が悪くなっても正社員の解雇が難しい雇用の硬直性があります。必要なスキルを持つ人財を必要な期間だけ採用できる派遣社員は、人員調整がしやすいため重宝されます。また景気悪化の際にも、派遣社員を調整弁として正社員の雇用を守ることも可能になります。
日本企業の「ブラック体質」
二つ目の理由は、働く側から見た「リスク回避手段」としての派遣利用です。
長時間労働やパワハラ、契約外業務の強要……。日本企業には、しばしば「契約に書かれていないことまで当然として強要する文化」があります。そうしたブラック体質を避けるため、あえて派遣として就業する人が少なくありません。
例えば私が社会人になりたての30年前はまだ、特に女性の社員に対して、始業時間の1時間とか、30分前に出社して、オフィスの清掃やお茶の用意をさせる企業がまだ多くありました。仕事としてこうした業務をするならまだいいのですが、多くの場合、こうした業務は出勤前の準備作業として無給で女性にのみ課せられていました。
最近ではオフィスでの「お茶くみ」は死語になりつつありますが、企業慣行や、暗黙の了解のような形で勤務時間にカウントされない業務を押し付ける企業はいまだにあります。日本では雇用契約に書かれていること以上に、現場の慣習や空気が優先される傾向があります。ですが嫌がらせを受けたりすることを恐れて、反論できない人が実際多いと考えます。契約内容が曖昧だったり、あるいは断りにくい雰囲気があったりという環境を敬遠して、業務の範囲や責任が比較的はっきりしている派遣という働き方をあえて選ぶ人がいるということでしょう。
こうした状況を間接的に示すデータとして近頃、「退職代行」サービスが急成長しています。驚くべきことに、退職代行の利用者で最も多い業種が「人材派遣業」なのだそうです。
退職代行を利用された企業ランキング、原因のトップはハラスメント | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)
派遣業界自身が抱える労働環境の課題が、こうした数字にも表れているようです。つまり派遣会社自体が必ずしも労働者の権利を守ったり、あるいはキャリアの支援をしたりという役割を十分に果たせて いない可能性があるということでしょう。
参入障壁の低さ
三つ目は「参入障壁の低さ」です。
日本では人材派遣会社を立ち上げるのに、特別な資格は必要ありません。許可申請さえ出せば、初期投資ほぼゼロでビジネスを始められます。
例えば飲食店を開業するとなると、店舗の物件を探して厨房設備を入れて食材の仕入れルートを確保してと、多額の初期投資と継続的な運転資金が必要になります。ですが人材派遣業というのは極端な話、電話とパソコンがあって、人を集めるノウハウがあれば始められてしまいます。この手軽さが零細の派遣会社が乱立した原因になったと思います。
また日本の場合は、派遣する社員の業種は一般事務が最も多く、次いで工場労働者となっています。欧州の場合は、ITや医療など特定の専門分野に特化した派遣が多く、日本で参入障壁がより低くなる原因となっていると思います。
厚生労働省は最近、人材派遣業を届け出制から許可制に変更し、それに伴って許可に必要な基準資産額を2000万円位以上に引き上げました。ですが、制度変更前は本当に零細な企業もあって、2016年ころはそれこそコンビニの店舗数を軽く超える、90,000社くらいの企業数がありました。

厚生労働省資料「労働者派遣事業の許可制について」より引用。
零細企業が多くなると、企業間の競争が激しくなります。そのため、派遣社員の待遇をよくすることや、キャリア支援につなげるといった目先の利益には直結しない部分への投資が減り、さらに極端な賃下げの圧力が高まるというわけです。結果として業界全体の品質が担保されにくい構造を生んでいます。
専門性・柔軟性確保としてのポジティブ面
派遣というスキームにはもちろん、はポジティブな側面もあります。
特に企業側にとっては、
- 一時的なプロジェクトや専門スキルを持つ人材を迅速に確保できる
- 人材育成コストを抑えつつ柔軟に組織の対応力を高められる
というメリットがあります。
一方、派遣される個人は年齢を重ねると仕事が減るリスクがあります。例えば専門性が時代と共に、古くなってしまったり、陳腐化してしまったり、あるいは企業側がより若くて、賃金の低い人材を求める傾向によって、特にそのミドル層とかシニア層の派遣の方が継続的に仕事を得ることが難しくなってしまうことがあります。
専門性を常にアップデートし続ける努力が求められる一方で、年齢という要素が不利に働いてしまう現実もあります。ですから今後派遣で働くことを選んだ人は、AI にはできない人間ならではのスキルを常に意識して、自らの専門性を深めることがますます重要になると考えます。
海外のアウトソーシング&派遣事情
次に、私が関わっている海外事例です。
私は海外にある医薬研究開発アウトソーシング(請負)企業で長らく働いてきましたが、インソーシング(派遣)という形態も存在します。請負と派遣の大きな違いは、企業からの「指揮命令系統」にあります。
- 日本型派遣:派遣先企業が直接派遣社員に指示
- 請負:受託企業が社員を管理し、企業は目的を達成するため社員を指示・管理し、成果物を医薬企業に渡す
私が以前仕事をしていたインドの医薬研究に特化したCRO(受託研究機関)では、9,000人ほど従業員がいましたが、ほとんどが専門職の従業員です。こうした企業では、クライアントのプロジェクトを受注して社内でプロジェクトを実施するわけですが、プロジェクトの規模や期間など様々です。従業員も様々なクライアントのプロジェクトに従事する可能性があり、経験を積むことができます。企業規模が大きいので、女性の場合は育児休暇の取得や復帰後に、元の部門とは違う部署に異動することもスムーズにできます。
欧米の医薬研究開発の現場では、近年アウトソーシングではなく、インソーシング(派遣)がより注目されています。プロジェクトを内製化する動きが活発化しています。とはいっても、インソーシングをする企業も、アウトソーシングにかかわる受託研究企業と一緒のことが多く、社員にとっては外注プロジェクトに従事するか、派遣でクライアント先に行くかという違いです。欧米ではこうしたアウトソーシングやインソーシングの企業に新卒で入り、数年後に派遣先の正社員になるというケースも多いです。製薬企業は社内で研究者を教育するのではなく、こうした受託企業がトレーニングして、ある程度スキルが確認できる、経験値のある人材を雇うようになっています。
これに対し日本では、似たような技術派遣という形式もあるのですが、派遣先の企業が、企業秘密に関わる業務をそもそも派遣社員に任せないので、優秀な人材でも正社員登用のチャンスをつかみにくいという現状があります。日本企業の評価制度も不透明なため、派遣から正社員への道が閉ざされがちです。派遣先の企業が、派遣社員の能力や貢献度をきちんと評価して処遇や登用に反映させる仕組みが十分に整っていないケースが多いのです。結果として派遣者員の方が意欲を持って長期的に貢献しようというインセンティブが働きにくくなり、企業側も貴重な人材を見出す機会を逃している可能性があると思います。
課題と提言
ここまでを踏まえ、日本の雇用市場をより健全にするための提言を4点まとめます。
- 健康保険の一本化・年金制度の積立方式移行など企業負担を減らす
- 同一労働同一賃金の徹底
- 派遣企業の質向上とキャリア支援強化
- 成果主義導入による評価制度の透明化
これらが実現すれば、派遣依存だけでなく、正社員採用と専門性育成が両立する多様な雇用市場が築けると考えます。
まとめ
最後に、この先の派遣を取り巻く環境、そして日本の雇用全体はこれからどう変化していくでしょうか?AI技術の進化は派遣市場にどんな影響を与えるでしょうか?定型業務がAIに置き換わることで、より高度な専門性を持つ人材の需要が高まるのか、それとも全体のパイが縮小していくのか。リモートワークの普及は地方に住む専門家が都市部のプロジェクトに参加するような新しい形の派遣が誕生するのかなどなど、皆様も少しこの問題について考えてみていただけると嬉しいです。

