3月初め、アメリカとイスラエルがイランを攻撃しました。
イランは世界有数の産油国ですから、戦争が長引けば原油価格が上がるだろうという点は、多くの方が想像できると思います。
しかし、今回の衝突がもたらす影響は「燃料価格の上昇」だけではありません。実は、航空路線や物流全体にすでに深刻な混乱が起きているのです。
ロシア上空が飛べない → さらに中東も飛べない
世界の空路は「細い糸」でつながっています。
ロシア・ウクライナ戦争の影響で、日本や欧米の航空会社はロシア上空を飛べなくなりました。その結果、日本からヨーロッパへ向かう便はアフリカ方面へ大きく迂回し、以前より約3時間も長いルートを飛んでいます。
そこに今回のイラン情勢が重なり、さらに迂回が必要になりました。燃料費は増え、輸送コストは上昇し、欠航や遅延も増えています。
私は現在インド企業で働いていますが、インドではエミレーツなど中東系の航空会社を使い、ドバイ経由で欧米へ行くのが一般的です。しかしこの主要ルートが戦争でふさがれ、人の移動だけでなく物流にも大きな影響が出ています。
今回のテーマ
この記事では、戦争による物流制限が日本の製薬産業にどのような影響を与えるのか、次の2つの視点から整理します。
- コスト波及シナリオ
- サプライチェーンの脆弱性
第1部:コスト波及シナリオ
イランは「産油国」以上の存在。まず押さえておきたいのは、イランは単なる産油国ではないという点です。
近隣のアラブ諸国と異なり、化学中間体や原料化学品を製造・輸出できる「ものづくりの国」でもあります。そのため情勢が悪化すると、次のような影響が同時に発生します。
• 原油価格の上昇
• 化学原料そのものの供給遅延・停止
• 海上・航空輸送ルートの制限
• 迂回による遅延、保険料の上昇、輸送費の増大
これらが重なると、医薬品のコスト構造に大きな波紋が広がります。
3つのシナリオで見る医薬品コストへの影響
① 軽度シナリオ:影響は限定的
• 原油価格の小幅上昇
• 製造コストは数%の増加
• 輸送の混乱も限定的
ただし、4月以降も戦争が長期化すればこの前提は崩れるでしょう。
② 中程度シナリオ:10〜20%の原料高+輸送制約
• 原薬の製造原価が上昇
• 賦形剤(原薬以外の成分)・包装材のコスト増
• 中東経由の迂回
• 航空便の欠航・遅延
• 運賃・保険料の上昇
薄利のジェネリック医薬品企業には大きな負担で、短期的な赤字や生産調整のリスクが出てきます。
③ 急騰シナリオ:原薬コスト30%以上の上昇
戦争が長期化し、主要化学品の輸出が止まると、
• 原薬コストが30%以上上昇
• 中東航路が使えず大幅迂回
• 海上保険料・戦争リスク保険の急増
ジェネリック医薬品企業は耐えられず、生産停止・出荷遅延・市場撤退が現実味を帯びます。
影響項目の整理
- 原薬(API)製造コストの上昇
- 賦形剤・包装材の価格上昇
- 輸送費・保険料の増大
企業は短期的には在庫確保、中期的には代替原料の技術評価や調達先の多元化が必要です。
第2部:日本のサプライチェーンの脆弱性
日本の医薬品は「海外依存」の上に成り立っています。日本のジェネリック企業は、原薬を欧州・中国・インドに大きく依存しています。国内生産比率は低く、在庫もジャストインタイム方式。つまり、リードタイム延長に非常に弱い構造です。
3つの脆弱性
① 単一供給先への依存
• 一国・一社に依存している原薬が多い
• 代替先の認証には時間がかかる
• 東日本大震災後の政府による調達先複線化奨励も未達成のまま
② 低マージンビジネスモデル
• ジェネリックは薄利多売
• 原料高を吸収できない
• 円安で原薬確保能力が低下
• 薬価制度の制約で価格転嫁が困難
③ 在庫とリードタイム管理の弱さ
• 在庫が薄い
• 輸送遅延で生産計画が崩れる
• 安全在庫が不足している企業も多い
どう備えるべきか?
短期的には:
• 重要原薬の優先順位付け
• 安全在庫の積み増し
• 代替原料・供給先の技術評価を前倒し
中長期的には:
• 供給国の多元化
• 製造国との戦略的提携
• 政府レベルでの供給保障協定
国内回帰は可能か?
結論から言うと、短期では不可能です。
• 設備、人材、品質管理の再構築
• コスト構造の見直し
• 薬価制度の改革
• 補助金・税制優遇
これらを考えると、10-20年単位の取り組みになります。
日本での生産コストは中国・インドを下回ることは難く、加えて社会保障制度全体の議論が必要です。また、医薬品産業においては、中国が世界の医薬品原薬・中間体・原料供給のハブであることを考えると、関係改善は不可欠です。
結論と提言
結論
イラン情勢は燃料価格だけでなく、化学原料供給や物流にも影響し、日本の医薬品供給に重大なリスクをもたらします。特に日本のジェネリック医薬品企業は脆弱で、企業努力だけでは限界があります。
戦争が長引くことは医薬品産業において、日本に限らず負の影響しかありません。
企業向け提言
• 重要原薬の優先順位付けと安全在庫の確保
• 代替供給先の事前評価と品質承認の迅速化
• 共同調達・コンソーシアムによる交渉力強化
• 保険や価格ヘッジによるリスク管理
政府向け提言
• 重要原薬の国家備蓄制度
• 薬価制度の柔軟化と国内生産支援
• 原薬製造国との戦略的供給協定
おわりに
医薬品の供給不安は、医療現場に直結する重大な問題です。
企業は短期的な在庫確保と代替調達を急ぎ、政府は長期的な産業政策と外交的な供給保障を整える必要があります。
10年単位の構造改革と、今すぐできる短期対策。この両輪で進めることが、日本の医薬品の安定供給を守る最短の道だと考えています。

