2026年3月18日、厚生労働省が全国の健康保険組合に向けて、いわゆる「国保逃れ」スキームの是正を求める緊急通達を出しました。法人の役員である個人事業主等に係る被保険者資格の取扱いについて
これは、個人事業主が“形式的に”法人の役員となることで、国民健康保険(国保)の高額な保険料負担を避ける手法が横行していたことを受けたものです。
きっかけは2026年1月、日本維新の会の地方議員が、実態のない一般社団法人の理事に就任し、このスキームを利用していたとして除名処分になったニュースでした。さらに調査が進むと、その社団法人を運営していたのは元衆議院議員の公設秘書であり、多くの維新地方議員が「実体のない理事」として名を連ねていたことが判明し、大きな問題となりました。
そして今回、厚労省がついに「グレーゾーン」とされてきた手法を明確に“違法(不適切な加入)”と断定したわけです。
この記事では、
• なぜこのスキームが広がったのか
• 厚労省が示した「違法の基準」
• 今後のペナルティ
• そして本来の役員の責任とは何か
これらを整理して解説していきます。
なぜ「国保逃れ」が広がったのか?
そもそも、なぜ個人事業主やフリーランスが社会保険に入りたがるのか。
最大の理由は、国民健康保険の負担が極めて重いからです。国保は世帯所得に応じて保険料が決まり、扶養の概念がないため、家族が増えるほど保険料が加算されます。
例えば、所得850万円の世帯では、自治体によって算定方法は異なるものの国保と国民年金を合わせて年間128万円に達するケースもあります。私はこれまでのブログでも繰り返し書いてきましたが、日本の医療提供システムは平等である一方、保険料負担の仕組みは非常に不平等です。
そして日本では「国が決めた制度はそのまま受け入れる」傾向が強いものの、一部の人たちは制度の隙間を巧妙に突き、負担を減らす方法を実践してきました。
国保と社会保険の決定的な違い
• 国保は加入者の平均年齢が高く、定年退職後から後期高齢者保険に加入するまでの無職者が多いため、現役世代に負担が集中しやすい
• 扶養制度がないため、家族の人数分だけ保険料が増える
• 社会保険には傷病手当金があるが、国保にはない
• 社会保険は厚生年金が上乗せされるため、将来の年金額が増える
この差を利用し、「形式的な役員」になって最低限の報酬を設定し、社会保険料を大幅に下げるビジネスが広がっていったのです。
「名ばかり役員」スキームの仕組み
典型的な手口は、一般社団法人を利用したものです。
- 個人事業主が協会に高額な年会費(例:月額10万円、年120万円)を支払う
- 代わりに「理事(役員)」の肩書きを得る
- 法人から月5万円の役員報酬を受け取る
- 「役員は労働時間に関係なく社会保険に加入できる」というルールを悪用し、最低限の保険料で社会保険に加入
- 国保なら128万円払うところを、実質70万円程度に抑え、50万円以上の差額が生まれる
法人側は、会費と報酬の差額で莫大な利益を得ていました。
厚労省が示した「違法」の基準
今回の通達では、どのような場合に“役員とは認められない”のかが初めて明確化されました。
役員と認められないケース
• 経済的逆転現象:支払う会費の方が受け取る役員報酬より多い
• 実態のない業務:アンケート回答や勉強会参加程度しかしていない
• 権限の欠如:指揮監督権や決裁権がない
つまり、「名前だけの理事」は役員ではなく、社会保険の資格もないと明確に示されたのです。会社法上の役員には、善管注意義務や忠実義務があり、経営判断に責任を負います。今回のスキームは、こうした法的責任を伴わない“形だけの役員”を大量に生み出した点が問題視されています。
恐ろしいペナルティ:遡及と返還のダブルパンチ
通達により、名ばかり役員には厳しい現実が待っています。
• 社会保険の資格が強制的に喪失
• 過去2年分まで遡って国保を全額支払う必要
• 協会に払った会費は戻らない
• 過去に社会保険で受けた医療費(7割分)を一旦返還し、国保で再精算
年間100万円の削減をしていた人なら、遡及で200万円以上の負担が発生する可能性があります。まさに「お金と手間のダブルパンチ」です。
今後の焦点:「マイクロ法人」も規制対象になるのか
今回の通達は主に「協会ビジネス」を対象としていますが、一人会社(マイクロ法人)による社会保険料の最適化も、今後は注視される可能性があります。特に「月額報酬5-6万円」といった極端な設定は、規制の対象になり得ます。
私自身も会社をマイクロ法人を経営していますが、役員報酬を月5-6万円に設定するというのは、通常の経営判断で違法ではないものの考えられません。
収入というのはその人の経済力を示す重要な指標で、住宅ローンなど個人で融資を受けたい場面では、このような年収では審査に通るはずがありません。クレジットカードの審査すら難しいでしょう。
つまり、こうした極端に低い役員報酬が成立するのは、その人に別の収入源がある可能性が高いということになります。もちろん、創業期など会社としての収入が見込めない場合に、低い役員報酬を設定することはあるでしょう。ですがそれが何年も続く場合、その会社が本来の事業以外の目的で運営されている可能性が高いと推測できます。
現行制度では、複数の収入がある場合、どの収入を基準に社会保険料を払うかは本人の自由であり、監視もありません。そのため、最も低い収入を基準にすることができてしまうのです。
また、外国人が経営管理ビザで実態のない会社を作り、最低限の役員報酬で日本の医療にアクセスする問題も起きています。これも本質は同じで、制度の歪みが悪用されている例です。
社会保障制度をどう再設計すべきか
私は以前から提案していますが、平等な負担を実現するには、
• 社会保険料を税方式に一本化する(この場合消費税の引き上げは不可避)
• マイナンバーで世帯・個人の全収入を把握し、負担を算出する
このどちらかしかありません。
可能であれば社保、国保、共済などの垣根を取り払い、国民皆保険で一本化すべきでしょう。
現状では、年収500万円のフリーランスが100万円近い国保保険料を払うようなケースもある一方、制度を悪用した人だけが得をする構造が続いています。これを放置してはいけません。
最後に:役員は「飾り」ではない
日本企業ではガバナンス強化の流れから社外取締役が増えていますが、名ばかり役員も依然として存在します。
しかし、役員には善管注意義務があり、粉飾決算などが起きれば「知らなかった」では済まされません。場合によっては損害賠償請求を受けることもあります。
知り合いに頼まれたからといって、軽い気持ちで名義を貸すべきではありません。大した報酬も受け取っていないのに、代表者が雲隠れして賠償請求だけ引き受けるようなことになるかもしれません。役員を引き受けるときは、十分信頼できる会社で、引き受けたのならきちんと役割を果たすべきでしょう。
今回問題となった社団法人は、そもそもスキーム提供のための“ダミー法人”でもしもの時の損害賠償のリスクは低かったでしょうが、今後はマイナンバーによって世帯収入が可視化され、こうした不正は難しくなるでしょう。
そして何より、今回の問題の根本には「国保の異常な高さ」があります。社会保障制度の健全化は、もはや避けて通れません。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

