日本の研究力をどう立て直すか

今日は「日本の研究力の現状」と「その低下に影響を与えている要因」について書きたいと思います。

今日の話題については、文部科学省や内閣府の資料が公開されています。資料の中で研究力低下の理由についてはかなり解析されていますので、その解説について自身の経験から解決策になりそうなアクションを最後に述べたく思います。

内閣府および文部科学省資料:

研究力の強化に向けて 令和7年2月25日

研究・イノベーション力向上に向けて 令和6年11月1日

日本の研究力(※)低下の主な経緯・構造的要因案①

我が国の研究力の動向 令和5年4月20日

日本の研究力は本当に落ちているのか?

ここ10年、日本もようやく研究力が低下していることを政府が認識しだしたと感じています。最初に解説するのは、「Top10%補正論文数」の推移です。

研究・イノベーション力向上に向けて 令和6年11月1日 より抜粋

論文というのは、様々な研究分野での学術論文数であり、学位論文などは含まれません。査読と言って、第三者が審査して、学術論文に掲載を許可された論文のことを指します。こうした論文の数を民間企業がデータを集計して毎年発表しています。政府の資料はそうした資料に基づいて解析しています。

政府の資料には、各研究分野で被引用数が上位10%に入る論文の数を基準にして、国際的な研究力を評価する指標です。被引用というのは、ある論文が他の研究者の論文で参考文献として引用されることを指します。ですから被引用数というのは、論文がどれだけ他の研究で参照され、学術的影響力を持っているかを示す重要な尺度です。

上記のランキングの表から、中国の台頭は特筆すべきで、Top10%補正論文数では米国の約2倍、日本の約20倍。かつて「数だけでレベルは高くない」と評されていた中国の研究は、今や世界の中心となっています。また韓国の躍進にも注目です。韓国は中国政府と同様、政府が医薬産業を国家戦略の柱と位置づけ、過去10年は特に大規模な投資を行ってきました。また博士号取得者の数もここ10年で欧米と肩を並べるほど増やしています。

なぜ論文の質・量が低下しているのか?


主な要因は、研究者数の減少、研究時間の不足、そして支援環境の脆弱性です。 研究費が少なければ、実施できるプロジェクトも限られ、論文数も自然と減りますし、 雑務が多ければ研究に時間が割けず、研究成果も出にくくなります。この点については、最初にリストアップした資料の中でいろいろ解析されています。

その他、研究者の高齢化や、専門技術を持つテクニシャンの不足も影響しています。また、研究以外の支援スタッフは多いものの、個人的にアカデミアや公的研究機関と研究プロジェクトについて協議した経験から言わせてもらうと、支援の質は非常に低いと言わざるを得ず、産学連携あるいはその先の国際連携を妨げる要因になっていると考えます。

資料の中にも今後は国際的連携ができる研究者が必要とありますが、もちろん研究者も必要なのですが、個人的にはそういった連携をコーディネートできる支援スタッフが日本には圧倒的に足りていないと感じています。

例えば、秘密保持契約書というのがあります。海外との連携には、話を始める前に必要な契約書です。大体英語のA4で3-5枚が普通です。このレビューは私も含めて慣れた人なら30分程度で終わりますし、クロスチェックを入れても2-3日でできると思います。ですが日本の大学や公的研究機関では数ヶ月かかることもありますし、英語の契約書のレビューを外部の法律事務所に法外な値段で外注するところもあります。一流の研究者がいるような大学や研究所でも、事務は三流というのが現実です。

英語の契約書は難しいというイメージがあるのかもしれませんが、チェックするポイントは決まっていますし、別に法学部出身者でなくても、レビューはできるようになります。企業の場合、実務を知っている人が、法務部門に移ることが実際多いです。トレーニングすれば、込み入ったライセンス契約などでなければ、誰でもできるようになります。あるいは自分で責任を負いたくないという責任逃れの体質のせいなのか、本当に謎です。もっとも最近は、民間企業を定年退職した方が、こうした大学等の産学連携機関で働くようになり、幾分マシになってきました。民間経験者のいないところは本当にひどいです。

さらに、日本の事務職には「研究者を管理している」という意識が強く、契約書も含めてプロジェクトの交渉ができるような人はいません。前回の大学ランキングの話で、私の知り合いの大学の薬学部長が海外の大学に連携交渉に行った話を書きましたが、それは大学の国際連携関連事務職員にまともに英語が話せる人が他にいなかったため仕方なく同行したそうです。このあたりを改善しない限り、国際プロジェクトを実施するのは難しいでしょう。

べンチャーの実態:数ではなく質が問われる時代

2022年、日本の大学発スタートアップは363社。これは米国の3分の1の数です。しかし、ベンチャーへの投資額では米国の100分の1という現実があります。したがってプロジェクトを進める資金がないことが問題というのは現状としてあります。

投資する側のベンチャーキャピタル側にも課題があります。日本では、国内ベンチャーに投資せず、米国の大手VCが支援する海外企業に乗っかる傾向があります。その背景には、ベンチャーのプロジェクト評価できる人材の不足があります。

また、日本のベンチャーは事業の継続を最優先し、研究への投資が後回しになるケースが多いです。投資された資金が社長以下役員の給与にまわり、国から研究資金が出たらそのお金で派遣や非常勤の研究者を雇ってプロジェクトを回すということをしている企業が多い印象です。ベンチャーの使命はプロジェクトを先に進めることなのに、プロジェクトを進めるための箱にお金をかける傾向が強いのです。米国では「資金は研究に突っ込んで、なくなったら終わり」が基本です。日本はダラダラ続けるものの、そのうちに革新性が薄れて自然消滅する企業が多いです。

日本のベンチャー投資の問題は、損切ができないことでしょう。ベンチャーは革新的な技術がまだフレッシュなうちに業績を出さないと、大手企業が資金力で追い越していきます。ですからベンチャーはとにかくスピードが命です。それなのにのんびりゆっくりしている官主導でベンチャーの育成をコントロールしようとすれば、逆にベンチャーが全部潰れかねません。政府がVC経由である程度の資金を提供するのはいいと思いますが、その先については自由競争の原理に任せるべきと考えます。

国際水準を目指すなら、受託研究の活用を

私は中国やインドの受託研究機関(民間企業)にも在籍していましたが、そこでは正社員として研究者が雇用され、専門的なトレーニングを受けて、期間限定で顧客のプロジェクトに従事します。ですから、同じ会社にいても、様々な企業のプロジェクトに従事できることになり、機動性と経験値が高くなります。

中国では2000年代初頭からCRO(研究開発受託機関)の成長が加速しました。海外でキャリアを積んだ“海亀”人材が帰国後、CRO企業において後進の指導や欧米プロジェクトの受託を通じて、貴重なノウハウが蓄積されてきました。

日本には研究主導型のCROがほとんど存在せず、定型プロトコルによる動物試験に特化したCROが多く、グローバルな創薬プロジェクトを担う体制が根付いていないのが現状です。創薬プログラムの大半は日本の外で実施されていますので、海外のプロジェクトを受注できないCROは基本的に大きくなれませんし、ノウハウも蓄積できません。中国が成功できたのは、最初から中国国内ではなく、国外の創薬プログラムを受注してきたからです。研究力以外に営業力は非常に重要です。

さらに中国政府の場合は、医薬産業を国家戦略の柱として過去20年、大規模な投資と制度改革を進めました。規制の整備、研究・製造施設のアップグレードなども功を奏しています。

対して日本では、2000年代以降のポスドク一万人計画の失敗により博士課程への進学者が減少し、民間による研究投資も不景気による影響で縮小し、現場に立つ若手研究者の数そのものが減ってしまいました。中国では欧米からのアウトソーシング需要が雇用を支え、その中で育成された研究者がスタートアップへと移行し、新薬開発へ貢献するという好循環が形成されました。そういった流れが、中国の研究力の躍進につながっています。

日本では大学や公的研究機関がその役割を担おうとした時期もありました。ですが研究員も経験も足りないのが現状です。ちなみに大学では以前、学生を受託研究の受け皿にしようとしたところもありました。学生は自身の研究テーマを追いかける必要がありますし、企業のテーマでは論文発表ができず、労務管理や厳格なプロジェクト管理ができないため、やはり難しかったようです。

某大学教授が、「学生に創薬研究を受託させれば安くプロジェクトが進められるのに、なぜやらないんだ」と発言して問題になったことがありました。とことん研究者を安く使って結果を出したいという、政府や官僚、経済界のある意味よこしまな考えが、現在の日本の研究力の低下につながったのは言うまでもないでしょう。これは医薬だけでなく、他の研究分野でも一緒だと考えます。それなりの結果を出すためには、研究者に適正な対価を払うべきですし、投資なくしてリターンはありません。

おわりに


日本が再び研究力で世界の存在感を示すには、研究者の育成だけでなく支援体制の再構築が不可欠です。もちん、博士課程の学生の数を増やしたり、研究職のポジションを増やしたりすることも大事なのですが、研究支援体制も日本は薄いと言わざるを得ないと感じています。
研究にかかわったことがない役人が研究を想像しながら政策を作るのはもう限界があるのではないかと感じています。日本の場合、研究開発は人員も投資金額も圧倒的に民間優位ですので、政府は研究開発においては、アカデミアの意見だけでなく、民間の意見も聞きつつ研究力を上げる政策を作るべきと思っています。
また、ベンチャー・エコシステムの再設計には大学・公的機関の給与体系の見直しも含めた事務部門のレベルアップが必要です。日本の事務部門は本当に生産性が低いです。
最後に政府は、EBPM(Evidence-Based Policy Making)に基づき、研究・イノベーション強化のための政策体系が必要としています。分析はかなりできていると思いますので、それを実行するためには、やはり研究を結果に結び付けた実績のある民間企業と一緒に政策を策定する必要があると感じています。