今日は「薬学部乱立時代の終焉:未来を奪う高等教育の罠」というテーマでお話しします。
これは私が2022年に書いた「薬学部の将来」という記事とも関連していますが、今回はその内容を広げ、日本とアメリカの薬科大学の現状を比較しながら、教育と雇用の関係について考えてみたいと思います。
日本の薬学部の歴史と制度
薬剤師になるには薬学部を卒業し、国家試験に合格する必要があります。2006年度から薬学部は4年制から6年制へ移行しました。臨床に強い薬剤師を育てることが目的でしたが、研究者養成のための4年制も残り、二つの制度が並立しています。
4年制コースの学生は薬剤師国家試験の受験資格を得られません。そのため研究者志望の学生は「資格を取るべきかどうか」で悩む制度になっています。
2006年当時、日本の制度改正は米国を参考にしました。しかしながら、日本と米国では薬学部に求められる役割がそもそも違っていました。日本では創薬研究に薬学部出身者が多い一方、アメリカでは薬学部出身者は主に薬剤師となり、研究はバイオロジーやケミストリー専攻者が担っていました。日本の場合は創薬人材の育成も薬学部の役割なので、研究者養成コースを残す必要がありました。結果として「臨床実習を含まない4年制(研究者向けコース)には受験資格を与えない」という形に落ち着いたのです。
私は、薬剤師になる学生全員を6年生にせず、臨床薬剤師の専門性を高める大学院コースを設け、臨床薬学に特化したエリートを育成する方が卒業生の付加価値や給与水準を高められたのではないかと考えていましたが、そうはなりませんでした。
薬学部を6年制にすることで、医学部のように社会的にもっと尊敬されるステータスが得られるともくろんだ方もいたのですが、6年制になっても薬学部の待遇などは全く変化していないと感じます。
薬科大学の乱立とその影響
2000年代初頭、医薬分業の進展で薬剤師需要が急増し、2006年以降薬科大学は次々と新設されました。2002年度には47校だった薬学部が、2020年度には77校へ増加。定員も8200人から1万1600人へと約1.4倍になりました。
しかし少子化により18歳人口は2002年の150万人から2020年には117万人へ減少。人口が減る中で定員だけが増えた結果、学生全体の学力は低下し、国家試験合格率も下がっています。
私立大学では合格率維持のため、卒業試験に合格しない学生を国家試験に出さない仕組みを導入。2019年度の調査では、千葉科学大学39.3%、姫路獨協大学33.3%、北陸大学33.1%、日本薬科大学32.4%と、約3割が卒業できません。ストレート合格率が50%を切る大学も珍しくなく、入学は容易でも卒業は困難という現実があります。
さらに学費の負担も深刻です。国立大学は6年間で約350万円ですが、私立大学は1000万〜1500万円。奨学金を借りて卒業時に1000万円以上の負債を抱えるケースもあり、薬剤師の標準的な初任給25万円で月4万円以上の返済は厳しい現実です。教育が「人生の罠」となってしまうのです。
アメリカの薬学部事情
アメリカでは2023年現在、薬剤師が約33万人、調剤技師が約46万人働いています。人口比で見ると日本の3分の1しか薬剤師がいないため、希少性が高く給与も日本の倍以上です。
薬剤師は大学卒業後、さらに専門大学院課程を修了する必要があります。一方、調剤技師は高卒+職業訓練で資格取得が可能。調剤業務を担うのは技師で、薬剤師は保険相談や在庫管理などに時間を割くことが多いのが特徴です。
薬科大学は2002年に78校、卒業生7000人でしたが、2020年には142校以上、卒業生1万3000人以上に倍増。しかし今では供給過剰で志願者が激減しています。
授業料も高額で、州立大学で年間1万5000〜3万ドル、私立では4万〜7万ドル。卒業時に数千万円の学生ローンを抱えるケースも珍しくなく、利息は日本の奨学金が1%程度なのに対し、米国では17%という高金利です。返済に苦しむ卒業生も多いのが現状です。
雇用の変化と教育の意味
近年、米国では「大学に行かずブルーカラー職に就く」という選択が広がっています。AIの普及でホワイトカラーのエントリーレベルの職が減少しているためです。建設業、電気工事、溶接、配管などで女性も活躍し、給与も安定しています。中には「ブルカラーミリオネア」と呼ばれる人もいます。
日本でも同じ流れが始まるでしょう。大学は「就職のため」ではなく「学びたい人が行く場所」へと変わり、多くの大学が淘汰される時代が来ると思います。国家試験に合格できない学生を大量に抱える薬科大学は、存続が難しくなるはずです。
一方で、電気工事や溶接などの技術者を育成する専門学校や高等工業専門学校(高専)は今後さらに注目されるでしょう。特に日本の日本の高専は東南アジアで人気が高く、今高専は留学生であふれています。日本人こそもっと注目すべきだと思います。
求人倍率を見ても、文系新卒が選ぶ一般事務は0.4倍と低いのに対し、建設や電気技師、介護などの専門職は3〜4倍。社会が求める人材は大学大量生産型教育とはズレているのです。
まとめ
教育は本来、未来を切り拓くものです。しかし制度設計を誤れば「未来を奪う罠」となります。不幸な学生を産まないためにも、専門的な教育は一定の基準を満たす学生に絞り、質を維持することが重要です。
政府は少子化を知りながら大学新設を許可してきましたが、今後は淘汰が不可避でしょう。
個人的には大学のレベルを維持するため、今後は薬学部以外の学部にも全国一律の卒業資格試験を導入することを検討すべきと考えます。真剣に学び、一定レベル以上の学力のある学生だけが大学を卒業でき、大学の質が保たれます。卒業試験を全国統一のものにすれば、全国どの大学を卒業しても同じ尺度で学生のレベルを評価できるため、わざわざ地方出身者がコストをかけて都会で学ぶ必要もなくなります。また卒業できない学生が多い大学は淘汰されるでしょうから、大学数を絞ることができ、少数精鋭の大学に研究助成金を集中させ、より高度な研究環境を整えることも可能です。
薬学部乱立で、本来なら入学を許可されない学生を入学させ、結果的に国家試験を受験できない気の毒な学生を大量に生み出してしまいました。アメリカも一時の需要に応えようと定員を増やし、似たような過ちを経験しました。
大事なのは、誰もが自分の能力を生かせる仕事を見つけ、そこで幸せを感じられることです。給与が高いから幸せとは限りません。教育の本質は「自分の人生を豊かにするための選択肢を広げること」だと思います。
今日は「薬学部乱立時代の終焉」というテーマで、日本とアメリカの事例を交えてお話ししました。みなさんのキャリアや教育のあり方を考えるきっかけになれば幸いです。

