まず最近のニュース記事から。
薬学部急増、2025年度以降は新設認めず…将来的な「薬剤師余り」に対応
私は薬学部出身ということもあり、この政府決定にはもちろん興味があります。今日は政府が2025年以降、薬学部新設を許可しないことに至った背景と、個人的な見解を述べたいと思います。
まず現在の薬学部ですが、あまり一般には知られていませんが、2006年から薬剤師の国家資格を得るための6年制と、主に研究者を目指す学生のための4年制のコースの両方が存在しています。4年制コースの学生さんは、研究者になるためにはさらに大学院に行くことがほぼ決まっているとも言えるので、どのみち6年間は学生というのは、6年制の学生と同じかもしれません。違うのは薬剤師の国家試験の受験資格がないことです。
薬科大学(薬学部)学科別一覧 2019年(平成31年・令和元年)度
これを見ると、4年制コースは6年制コースの10分の一ほどの定員です。
なぜこうしたコースが存在するのかというと、同じ薬学部でも以前は大学によってその役割が異なっていたからです。この資料で4年制コースがあるのは、国公立大学+私学のトップ校に多いですが、そうした大学では調剤をする薬剤師ではなく、企業の研究者となる人材を輩出することが主な使命でした。したがって、カリキュラムの内容も、こうした大学と、薬剤師の養成を目的とする大学では大きく違っていました。
例えば私は北海道大学の薬学部出身ですが、私の学生の頃は、授業といえば研究者を養成するために必要な有機化学や生物化学などの基礎研究に必要な授業がメインでした。薬剤師になるには、薬剤師の国家試験に合格することが必要ですが、国家試験での必修科目である、「日本薬局方」、「薬事法」「各種試験法」などの授業がそもそもありませんでした。大学は薬剤師になりたい人は、自分で勉強してくださいというスタンスでした。
そもそも座学は必要最低限であり、研究室で毎日夜遅くまで実験の毎日です。国家資格が欲しい人は、卒業論文発表の終わった2月の半ばくらいから3月の末までの1-2ヶ月で、いかに国家試験の過去問を頭に叩き込むかが国家試験合格の鍵でした。ですから当然、薬剤師になろうと思わない学生は、モチベーションも学力もありませんので、偏差値の高い大学ほど国家試験の合格率が低いという逆転現象が見られました。(東大は毎年のように、薬剤師国家試験の合格率が最低でした)
そのため、薬剤師になることを目指して入学してくる学生からは当然不評で、私が在学していたころ(1980年後半)になってようやく、国家試験に必要な科目について、集中講義的に授業が行われることになりました。
一方で私は、薬剤師の養成を主に目的とする私立大学の教員もしていたことがあります。こちらは研究よりも、薬剤師の国家試験の勉強のための予備校という感じです。実験は成績優秀者のみ許され、その他の学生は朝から晩まで試験対策です。また学内の卒業試験(=国家試験の模擬試験)に合格できないと卒業させてもらえず、国家試験の受験資格ももらえませんので、受験した学生の合格率は必然的に高くなりました。
2002年くらいから、薬学部を6年生にしてはどうかという案が浮上しました。理由はいろいろあったと思いますが、私が思うに理由は3つです。1. 臨床がわかる薬剤師の養成、2. 米国が6年制だから(政府はなんでもアメリカの真似大好き)3. 個人的な推測の域を出ませんが、薬剤師が医師や獣医師と同等のステータスが欲しいと思っていたから。薬剤師は医師に対しやや卑屈な感情を持っていて(特におじさん達)、6年制にすることでそれを解消できると単純に思っていたから。
1に関してはもちろん、時代の流れとして、高度な臨床知識を持った薬剤師も当然世の中に必要となりますし、それは否定しません。実際に6年制になって強化されたのは、臨床にかかわる知識や実習でした。ですが、薬学部をすべて6年制にする必要はないと思っていました。当時、薬学部を抱える大学でも、賛成派、反対派ほぼ互角だったと記憶しています。
というのも、そうした高度な知識を必要とする薬剤師の需要自体が、日本はそもそも少ないからです。現在でもそうですが、このような知識を必要とする病院薬剤師の就職は非常に狭き門です。私の同級生は80名ほどでしたが、病院薬剤師になったのは2、3名だったと思います。臨床にかかわる知識は無駄とは言いませんが、全員が2年余計に学生生活を送るほど必要だとは思えません。むしろ、臨床薬剤師となるための専門の大学院を全国にいくつか設置し、特別な選ばれた人材として養成した方が、より良い教授陣の指導と、整った設備環境で授業が受けられてよかったと思います。また給与面でも、専門の大学院卒としてより良い待遇を受けられたのではないかと思います。
薬剤師の受験資格を6年制の課程修了者としたことで、6年制になってからしばらくは指導教官が全く足りず、定年退職した教官が、主に新設された私学の薬学部の教官として、全く経験のない臨床分野を教えるということが横行しました。大学は小、中、高校と違い、免許制ではありませんので、誰でも教壇に立つことができます。自分で調剤なんか一度もやったことがなくても、知ったかぶりして教えることができてしまうのです。今は解決したのかわかりませんが、臨床実習の受け入れ設備が足りず、十分な実習ができなかったところも多くあり、それはそれは悲惨な状況が何年も続きました。
一方の企業に研究者を送り出すというミッションを持った4年制コースについては、幸か不幸か企業の研究規模が年々縮小し、研究者の需要も縮小の一途でしたので、少ない4年制コースの卒業生で需要が十分満たされるようになりました。
給与や待遇面で言うと、実は病院で働く薬剤師の給与が一番悪く、初任給ではドラッグストアの給与が、調剤薬局や製薬企業より良いようです。就職は将来のキャリア構築や生きがいの他、もちろん生活のためもあるので、一番待遇の良いドラッグストアに勤めたいという学生が多いのは当然です。でもだとしたら、2年間の追加課程は必要だったのかと疑問に思います。
現在日本は少子化が進んでいますが、2年余計に大学に行くことで、婚期が男女ともに遅くなり少子化につながるのではと考えています。高学歴化が悪いとは思いませんが、日本は婚外子の割合が低いので、学生期間が長引くと結婚のタイミング、ひいては出産のタイミングに影響すると思います。結婚はどうしても大学を出てから就職し、しばらくして生活が安定してからということになりがちと思います。特に薬学部は女性の割合が高いので、6年制は少子化に影響があったと私は思っています。ちなみに私の知り合いは女性でも高学歴(修士、博士以上)が多いですが、独身率が正直超高いです(笑)。4年で国家試験に受かるレベルになるのなら、課程を延長する理由があったのかと思ってしまいます。
また4年制から6年制になったことで、親の負担も増えたと思います。中には奨学金をもらいながら薬学部に通い、6年で1200万も借金(=奨学金)をしている学生もいるとか。就職して奨学金を返済しながら生活できる給料を得られれば良いですが、現状、残念ながら薬剤師の給料はそこまで高くはないと思います。せいぜい600万円程度に抑えるべきと。
現状、薬学部で問題になっているのは、増えすぎた私立の薬学部と、その学生の質の低下です。以下は昨年の国家試験の合格率です。薬剤師を目指す大学では国家試験対策がメインですが、それでも合格率が30%代の大学もあります。
2022年薬剤師国家試験大学別合格率大学数も定員も急激に増えました。医薬分業を進めるため、主に薬局で調剤にかかわる薬剤師を必要としたからです。昨今は定員割れの私大も半分を超えているようです。一度新設されると国家試験の合格率が低かろうが、留年ばかりだろうが大学はずっと維持され続けるのも問題です。
薬剤師は都市部では余り始めています。一方の地方では、薬剤師がまだ足りない状況が続いています。政府は2025年以降も、地方の人材不足を理由に、地方限定で薬学部新設を認めるようです。また薬剤師が不足している自治体では、自治体に就職する薬剤師の奨学金免除などを検討しているところもあります。
ですがいくら地方大学の薬学部を新設して定員を増やしたところで、地方で就職したいという学生が増えなければ意味がありません。奨学金の免除は一定の効果があるのかもしれませんが、基本的には地方に就職したいと学生が思うまで、地方の薬剤師の待遇を上げるしかありません。もちろんこれは薬剤師に限った話ではありませんが、日本のように職業の自由や移動の自由が認められている国において、人手不足の解消に待遇改善以外の方法はないと思います。
あるいは、調剤と服薬指導を分業し、調剤は薬剤師以外のものにも認め、服薬指導は薬剤師が都会から地方にリモートで実施するという手もあるかもしれません。かつて政府はオンラインでの処方箋薬の販売を認めようとしませんでしたが、コロナ禍の今、考えるタイミングかもしれません。
薬剤師のオンライン指導が認められるようになれば、リアルの薬局もそれほど必要がなくなり、Amazonのようなところで、処方箋薬の大量在庫を抱え、薬は配達で済むようになるかもしれません。患者は病人が集まる病院や薬局に行く必要がない方が安全でしょう。薬剤師の今後の需要は、今後調剤がどうなるかという環境因子によっても大きく変わる可能性があると思います。
今日のニュースでは、国が理系人材をもっと増やすべく、大学の理工系学部の定員増をはかったり、理工系の学部に女子枠を設置したりというのがありました。ですが定員を増やすなら、基本的には大学を出た後の就職先も同時に増やさなければ、卒業した学生が将来路頭に迷うことになります。政府は以前、就職先という需要を増やさないまま博士課程の学生を大幅に増やし、たくさんの氷河期世代が路頭に迷ったことを忘れるべきではないと考えます。