農薬と医薬品について考えること

前回、日本の農業と農薬について考えることのブログを書いたところ、何人かの方からからTwitterにてコメントをいただきました。その中で、「農薬を使うこと=悪」のような書き方はやめて欲しいというのがありました。個人的にはそんな風に書いたつもりはないのですが、読む方に誤解を与えるような書き方だったかもしれません。

ですが私としては、農薬も医薬品も、「一度承認されたら安全」とは、全く思っていませんし、常に疑ってかかることが、研究者の一人としてもむしろ重要だと思っています。これは私のスタンスであり、農薬だけ特別扱いはしていません。農薬にしても、医薬品にしても、その他さまざまな化成品にしても、研究者は世の中のためと思って作り出していると信じています。ですが研究開発、あるいは承認された時点で、その時の科学が承認された農薬なり医薬品の副作用やデメリットの理解について、追い付いていない可能性は常にあります。承認時の前提を覆すような発見が、後から起こることもあります。

だからこそ農薬や医薬は、常に用法を守って使用することや、観察しながら使うことを要求されています。規制当局は、問題があった場合は即座に使用を停止する決断力を必要としています。ですから、こうした判断を下す規制当局は、2年ごとに部門を転々とする行政官ではなく、専門家でなくてはならないと思っています。

日本にはこれまで、規制当局の決断が後手になり、悲劇となったケースが数多くありました。だからお上の判断を丸のみせず、個人が自分自身の価値判断を持つことが重要と思っています。私は学校の勉強というのは誰のためでもなく、そういった価値判断に必要な情報を収集し、自ら判断するために必要だと考えています。有名な学者が言ったから、テレビやネットのインフルエンサーが言ったからと、鵜呑みにしてはいけないと思っています。学歴なんかはどうでもよく、勉強は自分の身を守るための手段です。その個人の判断に基づいて、無農薬の野菜がいいと思う人はそれを購入して食べればよいし、ワクチンが問題と思う人は打たなくてもよいと個人的に考えています。

医薬品で言えば戦後間もないころ、サリドマイドという睡眠薬がありました。これは当初妊婦も飲んで安全な睡眠薬として販売されました。妊娠中に服用した妊婦から生まれた子供の中に、アザラシ症という手足の欠損を生じて生まれてきた子供たちがいました。日本で発売された時は、欧州ですでに承認、販売されていました。アザラシ症の症例が報告され、ヨーロッパで販売が禁止された後も1年ほど日本では販売が継続されました。一方の米国では疑義ありと、承認が長い間保留され、販売されることはありませんでした。(ちなみにこの時の米国規制当局の担当医務官はフランシス・ケルシー博士という女性で、後にサリドマイドの悲劇から米国を救ったとして勲章を受け、90歳まで医務官としてFDAに勤務しました)

ちなみにサリドマイドのアザラシ症発祥のメカニズムがわかったのは、結構最近(2010年)のことです。さらに、当時サリドマイドは、光学異性体と呼ばれる二つの成分の混合体で、一方に催奇形性があり、もう一方に催眠作用がありました。承認当時の技術では、副作用のある成分を分離することも、確認することも難しかったのです。

近年では、薬害エイズ事件がありました。これは主に血友病患者に使用される血液製剤に、エイズ患者から提供された血液成分が混入し、この製剤を投与された血友病患者がエイズに感染した事件です。製剤には加熱製剤と非加熱製剤の二種類あり、加熱製剤では感染の危険がないことはわかっていましたが、加熱製剤が高価であったことなどから危険性が指摘された後も、非加熱製剤の使用が続けられました。

投与された患者さんは、医師の言われるまま投与されたでしょうから、本人が選択することは難しかったと思います。感染の可能性がある非加熱製剤も、当時は承認、販売されていたわけですから、医師も病院も何ら違反はしていないことになります。罪があるとすれば、規制当局側の情報収集と、承認取り消しや回収の決断が遅れたことでしょう。

農薬に関しては、近年ネオニコチノイド系農薬が問題になっています。この農薬は私が勤めていた農薬会社が最初に開発したもので、私も実はこの農薬の登録に必要な試験をたくさん担当しました。ですがその後、主にヨーロッパでミツバチの大量死に関係があるのではと言われ、フランスを中心に一部のネオニコチノイド系農薬の使用が禁止になりました。

ネオニコチノイド系農薬は日本をはじめ世界であまりにたくさんの作物に使われていることもあり、環境への影響や人体への影響などについて、多数の報告があります。自閉症やADHDの発症に関係があるという報告もありますが、私には否定することができません。農薬は人間では基本試験をしませんし、人間が長期にわたって暴露した場合など、登録の段階ではデータがないのでわからないとしか言えません。

ネオニコチノイド系農薬は、登録された当時は、こんなにも世界中でたくさん使用されることを予想できなかったと思います。前回のブログで述べた、小麦に対するグリホサートのように、開発されたときに考えられうるリスクをはるかに超え、また当初の目的とは異なる使用法で使われると、開発したメーカーにとってもその影響が予測できないものになると思います。農薬の場合は環境への影響も含め、関与する因子が多いので、因果関係の確認に医薬よりもずっと時間がかかると思います。

しかしながら、だからと言って農薬はすべて禁止にすべきとは思っていません。農薬なしでは収穫量が激減するのも知っています。今ある技術を使いながら、一方で新しい技術を取り込みながら多くの人にメリットがあるよう、農業も進めるべきと思っています。一方でオーガニックや無農薬の農産物も否定しません。逆に農薬は安全なはずだから、農薬の使用を否定するのはおかしい、オーガニックをありがたがるのはおかしいと批判するのも違うと思っています。高価なオーガニック作物を購入するお金が個人のポケットから出ているのでしたら、私は全く問題ないと考えます。

ただしこれが医薬品の場合は多少違うと思っています。例えば、先発医薬品と、ジェネリック医薬品の選択の場合です。ジェネリック医薬品は、先発医薬品の特許が切れた後、同じ医薬品の成分を別の企業が、研究開発費なしで、あるいはライセンス料なしで製造できるため、安価に製造することが可能です。ただ主成分以外の成分については、先発と違うこともあります。ですが少なくとも体内に入ってからの挙動(動態試験)は先発と一緒になるように製造しています。安全性に関するデータも厚労省で確認し、同等品と認めています。

にもかかわらず、どうしても先発医薬品が良いという医師や患者さんもいます。ジェネリック医薬品の同等性についても、疑義のある方は先発を使えばよいと思います。だた先発とジェネリックの差額費用については、患者のポケットからが理想と思います。医薬品の場合は、オーガニック作物と違い、健康保険の一部は税金で運営されているからです。

今後は農薬にしろ医薬品にしろ、個人へのメリットの他に、社会全体や環境などに対するメリットというものも、同時に検討していかなくてはいけない、難しいかじ取りを求められる時代になっていると感じています。次回はワクチンについての私見を述べたいと思います。