紅麹問題と機能性表示食品行政

小林製薬の紅麹を使用した機能性表示食品に起因すると思われる健康被害が報告されてから1カ月あまり経ちました。厚労省は早く決着をつけたいと思っていたのか、健康被害の原因が「プベルル酸」であるかのような発表をしました。ですがこの厚労省の対応は問題があると感じます。この発表のせいで、真の問題解決が遅くなる可能性もあるからです。

一般の方から見ると、小林製薬の問題発生初期の対応は、何を聞かれても「原因を調査中」、「まだわからない」という発言ばかりでしたので、「何をやっているんだ」だったかもしれません。ですが実際問題、今回の原因究明はそんなに簡単ではないのです。

第一に、「プベルル酸」が健康被害の原因かまだ全くわかりません。厚労省がプベルル酸を犯人にしたのはおそらく、主要な原材料以外に不純物としてこれまで「プベルル酸」が同定できたので、これを犯人にして結論を急いだからと思います。

厚労省に科学的知識のある官僚がもう少し多くいれば、こんな軽々しい発言はしないと思います。3月末の厚労省の発表で、全く違う物質が原因である可能性をかなり初期の段階で排除してしまいました。これは刑事事件でいう冤罪事件になる可能性大で、何十年も刑務所に入っていた犯人とされた人が出所して、実は別に犯人がいたとわかるようなことになるやもしれません。

医薬品等の製造において、特定のロットで健康被害が出た場合はそのロットに使用した原材料を再度確認するのは当然ですが、今回のように、原材料が「菌」であるような場合は、原因物質の特定は正直困難を極めます。というのも、原料成分が化学品である場合は原料の構造や製造法から派生するであろう不純物もある程度予想でき、不純物質の標準品を使い液体クロマトグラフィー質量分析計(LC-MS)等で解析することが可能です。ですが菌が産生する天然物化合物は一般的に構造が非常に複雑で、その構造の特定に何年もかかる場合があります。今回の場合も、もし菌から全く未知の化学物質が作られ、それが従来の分析法で分析できていないのだとしたら、解明までとてつもない時間がかかる可能性も、解明できない可能性もあります。

この原因物質が何か特定できたら、どの工程で混入したか調査することが可能になります。紅麹が作りだしたものなのか、あるいは別の菌が混入し、それが作り出したものなのか、あるいはまったく別で、製造工程で人為的に混入した、あるいは製造設備の欠陥等による可能性も全く否定することはできません。

ずいぶん前に冷凍餃子に有機リン系の農薬が混入した事件がありましたが、最初は残留農薬ではと報道されていました。ですが餃子に含まれていた農薬の濃度が、残留農薬ではありえないほど非常に高濃度だったため、人為的に混入したものと結論付けられ、この時は犯人が特定されました。

今回構造が特定されている不純物の中に「プベルル酸」があったとしても、この物質と腎疾患の関係はこれまで報告されていません。健康被害を訴えた方の血液等から「プベルル酸」が検出されれば可能性は高いものの、これまでの報道から察するに、それほど高濃度の含有量ではないと考えられます。もちろん世の中にはほんの微量でも死に至るような物質も存在しますが、「プベルル酸」は知られている限りそのようなものではないように思います。したがって毎日摂取したとしても、慢性腎不全のような重篤な疾患につながるかというと、これもクエスチョンなのではないでしょうか?

4月は仕事が忙しく、この事件を追いかけられていなかったのですが、ネットで調べると、TBSの報道に、問題があったロットからモナコリンKという物質が高濃度で同定されたとありました。

「一生治療が必要かも…」小林製薬・紅麹サプリ 問題の物質に迫る、トクホの7倍…国の審査なし「機能性表示食品」安全性は【報道特集】

このモナコリンKは医薬品でロバスタチンと呼ばれる成分と一緒で、コレステロールを抑える効果がある物質です。この成分が含まれるので、小林製薬の紅麹の機能性表示食品は「コレステロールを下げる」としたわけです。ですがこの物質が、問題のあったロットには、医薬品で使用される一日量の5倍も含まれていと、昭和大学薬学部・佐藤均教授の研究室が解明したと報告しています。

薬関係者なら、「プベルル酸」よりも、このモナコリンK の副作用ではないかと感じる人が多いと思います。と、言うのももし原因物質がモナコリンKであるとすれば、腎疾患が多いというのは薬の知識がある人なら納得だからです。モナコリンK(=ロバスタチン)の副作用で有名なのは、横紋筋融解症であり、これは急性腎不全を起こします。薬剤師の国家試験に出るような有名な副作用です。医薬品として一日量を守っても副作用が出るような成分なのですから、その5倍も含まれていればのんだ人たちが健康被害を訴えるのは納得ではないでしょうか。その割には全く報道されないのはどうしてなのでしょう。

紅麹については、2000年以上前から人類が食品に利用しており、食品の一部に微量で使われることに関しては問題がないのかもしれません。ですがその有効成分を敢えて抽出し、濃縮し、毎日せっせと摂取することで、逆に健康被害が生じるというのは皮肉なものです。そして食品に使用されていた紅麹は無罪で、紅麹を含む食品の回収は意味の無いものになる可能性もあります。

もちろんモナコリンKで決まりではないですが、もし原因がモナコリンKだとすると、機能性表示食品の規制を根幹から変えるような事件です。それもあって厚労省が沈黙しているのかもしれません。機能性表示食品製造において、機能性表示食品に含まれる成分は含有量にばらつきがあっても現状は問題なしとされているということでしょう。特に今回のように天然物由来のもの、何かの抽出物などは、含まれる成分のすべてを分析、含有量を一定に保つことは難しいのですが、それでもその製造方法に問題がなければサプリメントとして販売できたわけです。多くの場合、機能性表示食品に含まれる活性成分は微量のため、副作用が出ることはあまりなかったと思います。ですが昭和大学の調査ではロットによっては、紅麹が産生するモナコリンKがたまたま高含有量であったということがわかったわけです。

医薬品の承認において日本は、天然成分の抽出物などを医薬品と認めません。それは有効成分の含有量をコントロールするのが難しいためです。昔から使用されてきた漢方薬は唯一の例外であり、新規の天然成分が医薬品として承認されることはありません。これまで機能性表示食品として見過ごされていた製品に関しても、今後一斉見直し、規制の再検討が必要になるかもしれません。

TBSのサイトにあるように、今回の小林製薬のコレステヘルプのような機能性表示食品はアベノミクスの成長戦略の一環として2013年に生まれたものです。当時の国会答弁では国の審査なしに機能性表示を認めるのは安易ではないかと議論がありました。当時の共産党の穀田議員が、国会答弁の中で、自民党の当時の消費者担当大臣だった森まさこ議員に対し、「これは命にかかわる問題だから、起こってからでは遅い。私は危ないと言っている、あなたは危険がないように(制度を設計する)と言っている。将来それは歴史が審判するでしょう」と結んでいるのですが、審判のタイミングは予想より早いようです。