今日は「緊急避妊薬をめぐる日本の遅れ」について、歴史・制度・国際比較を踏まえて整理していきます。単なる医薬品の話ではなく、日本社会が長く抱えてきた「構造的な問題」が色濃く反映されているテーマです。
1. 緊急避妊薬とは何か
緊急避妊薬は、避妊に失敗したときや性暴力被害に遭ったときに、妊娠を防ぐための薬です。WHOはこれを「女性の生命と健康を守るための必須医薬品」と位置づけ、各国にアクセス改善を求めています。
しかし日本では、承認も普及も世界から大きく遅れました。その背景には、制度の問題だけでなく、女性の生殖に関わる薬だけが特別扱いされてきた歴史があります。
2. ノルレボ承認までの長い道のり
日本で緊急避妊薬「ノルレボ」が承認されたのは2011年、OTCとして承認されたのは2025年、2026年2月からOTCとして販売されるにいたりました。一方、世界ではすでに以下の流れが進んでいました。
- 1999年:WHOがレボノルゲストレル単剤を推奨
- 2000年代初頭:欧米で広く承認
- 2006年:アメリカでOTC化
- 2009年:年齢制限撤廃
*レボノルゲストレルは一般名、ノルレボは同成分を含む商品名です。
つまり、日本は処方箋薬として10年以上、OTC化では20年遅れたことになります。
では、なぜここまで遅れたのでしょうか。理由は科学ではなく、日本の制度と文化にあります。
3. 日本が遅れた4つの理由
① 産婦人科医による「管理」という独特の発想
日本では長く、避妊や妊娠に関わる薬は「医師の厳格な管理下で扱うべき」という考え方が制度の根底にありました。
これは、経口避妊薬(ピル)が世界より30年以上遅れ1999年に承認された歴史とも、経口中絶薬の承認が日本で35年も遅れた背景ともつながっています。
つまり、女性の生殖に関わる薬だけが特別に慎重に扱われるという「構造」が、長く制度に組み込まれてきたのです。この背景には、明治時代の1907年に制定された刑法の「堕胎罪」が現在も残っていること、そして戦後に制定された「優生保護法」によって、指定医である産婦人科医だけが中絶手術を行えるという体制が続いてきたことがあります。
生殖に関わる医療を産婦人科医が独占的に担う仕組みが固定化され、その結果、経口中絶薬の承認は大幅に遅れました。(経口中絶薬承認なるか? お知らせ2件 参照)
こうした歴史が、生殖医療を産婦人科医が独占的に扱う体制を固定化し、緊急避妊薬の承認も遅らせました。
② 性教育・避妊政策の遅れ
包括的性教育が十分に行われてこなかったため、緊急避妊薬の必要性が社会に理解されにくい状況が続きました。
本来扱うべき
- ジェンダー
- 性暴力予防
- セクシュアリティの多様性
- 自尊感情や関係性
といった領域も十分に教えられていません。結果として、望まない妊娠や性暴力のリスクが高いにもかかわらず、政策的な優先度が低く置かれてきました。
③ 性暴力被害者支援の制度化が遅れた
欧米では性暴力支援の文脈で緊急避妊薬が普及しましたが、日本ではワンストップセンター整備が遅れ、被害者がすぐに薬へアクセスできる体制が整っていませんでした。
日本のレイプ認知件数は2023年に2,711件と、国際的に見れば少ない数字です。(Rape Statistics by Country 2026, World Statistic Review)、しかし、これはあくまで警察に届け出があったケースに限られており、実際には泣き寝入りしてしまう被害の方がはるかに多いと考えられています。こうした被害者がすぐに支援や対策を取れる仕組みは、これまで十分に整っていませんでした。
④ 「乱用」への根拠のない懸念
科学的根拠はないにもかかわらず、「簡単に手に入ると避妊を怠る人が増える」という懸念が政策判断に影響しました。
4. ノルレボ承認後の「空白の10年」
2011年に承認されたものの、普及は進みませんでした。
● 高額な価格
1〜2万円前後と、若年層には手が届きにくい価格帯でした。国際的には数千円が一般的です。
● 処方箋必須によるアクセスの悪さ
緊急避妊薬は「早く飲むほど効果が高い」薬ですが、日本では医療機関を受診しなければ入手できませんでした。夜間・休日は実質的に不可能に近い状況です。
● 社会的認知の低さ
性教育の不足により、そもそも薬の存在を知らない人が多いままでした。
5. 2023〜2026年:ようやく動き始めた日本
● 2023〜2024年:試験販売
- 145 → 339薬局へ拡大
- 6,813件販売
- 利用者の9割以上が「説明は分かりやすい」と回答
● 2025年:OTC化承認
2025年8月、ノルレボが要指導医薬品としてOTC化承認されました。
2026年2月から薬局での本格販売が始まりました。
- 年齢制限なし
- 保護者同伴不要
- ただし薬剤師の対面販売と「その場での服用」が必須
● 地域差の大きい販売体制
東京・大阪・神奈川などは500店舗以上。一方、埼玉3、熊本4、大分6、北海道8、愛媛10、山口10店舗など、偏在が顕著です。
この偏在については、緊急避妊薬のOTC化を推進してきたNPO「ピルコン」の染矢明日香さんが、全国の薬局に向けて調査を進めています。(change.orgサイト:【薬剤師の方向け】緊急避妊薬の薬局販売に関連する障壁についてのアンケートご協力のお願い)
● 価格は依然として高止まり
試験販売では7,000〜9,000円が大半です。国際的には2,000〜5,000円が一般的で、円安で国際的に物価が安いはずの日本は高価格帯のままです。
6. LNG(ノルレボ)とUPA(エラワン)の違い
世界では緊急避妊薬は2種類あります。
● LNG(ノルレボ)
排卵前に高い効果。ただし排卵直前では効果が低下。
● UPA(エラワン)
排卵直前でも効果が高く、国際的には「より確実」。先進国を中心に50か国以上で承認されています。
日本では未承認のままです。理由は明確に説明されていませんが、同成分の緊急避妊薬以外の適用についての承認申請取り下げの経緯が影響している可能性があります。
日本でも自由診療で提供している医師がいますが、日本で承認されていない薬のため、健康被害があった場合は厚労省の救済の対象にならないことを認識しておきましょう。
7. なぜ薬剤師の前で飲む必要があるのか
理由として挙げられているのは
- 転売防止
- 誤用防止
しかし、
- 他の要指導医薬品には同様の義務がない
- プライバシー侵害の懸念
- 性暴力被害者への心理的負担
など、批判が強くあります。これは「女性の生殖に関わる薬だけが特別扱いされる」という歴史の延長線上にあります。
8. バイアグラはすぐ承認されたのに?
バイアグラは1998年に米国で最初に承認され、1999年に日本で迅速承認されました。薬剤師の前での服用義務もありません。一方、緊急避妊薬は承認もOTC化も大幅に遅れました。
この差に対し、「構造的な女性差別ではないか」という批判が市民団体から上がっています。
9. 市民運動と国際勧告が政策を動かした
2018年以降、当事者・医療者・NPOが署名活動を続け、累計18万筆以上が集まりました。
2024年には国連CEDAWが日本に対し、「すべての女性が手頃な価格でアクセスできるように」と勧告しました。(ジュネーブでの女性差別撤廃条約に関する国連審査)これが制度改正の大きな後押しとなりました。
10. 残された課題
- 価格が依然として高い
- 販売薬局の地域差
- 薬剤師前での服用義務
- UPA(エラワン)が未承認
- 若年層・被害者のアクセス改善
緊急避妊薬は「時間との勝負」の薬です。アクセスの悪さは、そのまま健康被害につながります。
11. まとめ
- 日本は長年「処方箋必須」だったが、2025年にOTC化が承認された
- 2026年2月から薬局で購入可能に
- しかし価格・販売体制・プライバシーなど課題は残る
- LNGより効果の高いUPAは未承認
- 背景には「産婦人科医による管理」という構造がある
- 市民運動と国際勧告が政策転換を後押しした
緊急避妊薬は、女性の生命と健康を守るための医薬品です。
アクセス改善は、個人の努力ではなく、社会全体で取り組むべき課題です。

