日本が米国投資ファンドを作りたいのはなぜ?

プロフィールにもありますが、私は以前ベンチャーキャピタル(VC)業務をしていたことがあります。現在の仕事でも、創薬ベンチャーに投資するVCさんとは、仕事柄いろいろお付き合いをさせていただいています。

医薬に限らず、日本の基礎研究のレベルは高いはずなのに、なかなか世界で活躍できるベンチャーが育たない。その理由をいろいろな方がコメントをされていますが、私個人的には投資の規模の問題ももちろんありますが、日本ビジネス特有のスピード感の欠如が非常に大きいと思います。そのスピード感のなさの理由は、日本のVCが何者かを知ればわかります。

日本のVCは、欧米のような独立系&パートナー制のVCはわずかで、大半は銀行の子会社あるいは一部門的なもの、株式会社VCです。投資先の選定から投資まで、親会社の体制を引きずっており、そもそも素早く対応することができません。大口の投資に関しては、社内手続きが延々と必要になり、投資の決定から社内の承認を得るまで何カ月もかかるなどザラにあります。医薬ベンチャーのように、競争の激しい分野ではライバルに勝つべく少しでも早くプロジェクトを前に進める必要がありますが、日本のベンチャー投資にスピード感はありません。これが官製ファンドになると、さらに仕事が遅くなるのは言うまでもないでしょう。

そのため、投資担当者の決裁権限で投資可能な小口(5000万円~1億円程度)で、たくさんのベンチャー企業に投資するパターンが多いように思います。IT企業のように、初期投資が少なくて済むビジネスモデルには良いですが、医薬系のベンチャーは比較的大口の投資を長期にわたって必要としますので、日本のVCの投資戦略とそもそも合わないでしょう。そのため特に医薬ベンチャーの経営者は、小口資金調達を頻繁に繰り返す必要が生じ、かつ動きの遅いVC相手に、年がら年中資金繰りの手続きをし続けなければなりません。そのためなかなか本業のオペレーションに集中できないという状況に陥るわけです。

また医薬系のベンチャーは、高度に専門的な内容が投資リスクと直結します。このリスクを理解せず、ギャンブルのようにエイっと投資するわけにはいきませんから、専門分野に明るい投資担当者が必要になります。最近多少増えてきましたが、金融の分野に医薬分野の経験のある人はそもそも少ないです。欧米では医薬ベンチャーに特化して投資をするVCも多数ありますし、投資判断に必要な調査をパートナー企業に部分的に委託したりすることも多くあります。日本のVCの場合、医薬分野に関しては、どこの誰に何の調査を依頼したら良いのかもわからないところが多いのではないでしょうか?

現在AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)では認定VCを選定し、積極的に医薬ベンチャーに投資をすべく環境整備をしています。その考えは悪くはないと思うのですが、とにかく医薬に投資できるVCの数を無理やり増やそうというのは理解できません。医薬分野に投資できるVCは、現状日本では両手で数えられるくらいしかありません。医薬分野の投資に知見のないVCを無理やり認定VCとして数をそろえることに、意味があるのでしょうか。

VCは投資のプロですから、投資してリターンを出さなくてはなりません。数ある官製ファンドや投資のように(例えば昔の社会保険庁のグリーンピア、農水省の最近の官製ファンド、クールジャパン機構等)ビジネスに詳しくない人から見ても失敗が予想できるようなスキームに、お金を突っ込むことはできません。この分野の経験値が高いVCが取り扱える範囲で投資を少しずつ拡大するしか方法はないと考えます。

2018年に、かつての産業革新機構が、米国のバイオ・創薬関連分野を対象にした20億ドル規模(約3000億円)の投資ファンドを設立し、そのファンドマネージャーにSkyline Venturesの金子氏を据え、米国企業投資をする話が持ち上がりました。この時は確か、報酬金額でもめて結局取りやめになったと記憶しています。その投資ファンド設立の目的とは、早い話が米国のベンチャー投資を通じ、医薬ベンチャー投資の勉強をするという趣旨でした。当時の背景の詳細は、下記の日経バイオテクの記事を参照してください。

産業革新投資機構が米国でファンドを立ち上げる狙い

この時、一般向けには報酬問題のみがクローズアップされましたが、業界ではなぜ米国の医薬ベンチャー投資に税金を投入して、日本のベンチャーキャピタリストの教育をする必要があるのか?と話題になりました。日本のベンチャーキャピタリストに医薬ベンチャーの投資ノウハウがないのであれば、欧米から専門家を日本の投資ファンドに招き入れ、日本で日本のベンチャーに投資してもらいつつ、日本のベンチャーキャピタリストの養成をする、あるいは日本のベンチャーキャピタリストを海外の医薬ベンチャー投資に特化したVCで修行させるなど、他に方法はあるのではないでしょうか。米国VCが、米国ベンチャーに投資するところを斜め横から眺め、投資環境の違う日本での医薬ベンチャー投資のシミュレーションになるのでしょうか?非常に疑問です。この時立ち消えになった米国投資ファンドの話が、今形を変えてまた復活しています。

今年の秋、日本には海外のVCが大勢やってきました。集まったのはおそらく、現在日本が海外VCに特化した投資ファンドを設立する準備をしているからでしょう。昨年後半から米国の景気が悪くなり、VCは資金を集めにくくなっていますから、おそらく偵察&資金調達でしょう。そしてこんな会議もありました。

MOMENT 2023

日本政府によれば、日経記事にあるように海外VCに投資したお金は、日本のベンチャーに投資されるようになる(?)らしいです。最も下記の日経記事は誤報では?と最初言われたのですが、政府が何やら計画していることは確かでしょう。

海外VCのみに出資、政府が新基金 スタートアップ育成

もちろん日本にあっても、世界的に通用するようなベンチャーには米国VCに限らず、投資してくれるでしょうが、それは日本政府がわざわざ米国VCに資金を提供しなくても、そうなるはずです。またそのようなベンチャーには、日本が直接投資をすればよいだけです。米国のベンチャーは数も多く、競争も激しいですから、米国VCに資金を提供するということはすなわち、米国ベンチャーと同じ土俵で日本のベンチャーが戦わなくてはならないとも言えます。必然的に日本政府が米国VCに投資した資金の大半は日本以外に行くでしょう。一方で、日本のベンチャーへの投資に限定するようなファンドであれば、手を挙げる米国VCはいないのではと感じます。5年前に消えた、よくわからない米国への投資をまた繰り返そうとしているように思えます。前回は医薬分野に特化した投資ファンドでしたが、今度は分野が広がった分、たちが悪いと感じています。誰かどうしても、米国に日本の税金を送金したくてたまらない人物がいるのかと勘ぐってしまいます。