日本の薬価政策がイノベーションを阻害する?

2023年3月9日、米国研究製薬工業協会(PhRMA)が2024年度薬価制度改革に向けたPhRMAの提言を発表しました。詳細を知りたい方はこちらの資料をどうぞ。

「日本が最新の予防や治療から取り残されないために」というちょっと衝撃的なタイトルになっています。

薬価制度についてあまりよく知らないという方のために少々説明すると、日本の処方箋薬の薬価は政府が決めています。政府が薬価を決めている国は、日本以外にも英国をはじめとするヨーロッパの国々や、オーストラリア、カナダ等あります。一方米国は自由薬価の国です。薬価は健康保険制度の枠組みの中にあるため、税金を注入することになる薬の価格設定に政府が関与することは、何ら珍しいことではありません。

PhRMAが問題にしているのは、ここ数年頻繁にあった日本の薬価制度の改定が、米国をはじめとした外資系製薬企業に非常に不利に働いていることが挙げられます。

日本の薬価は承認されたときが一番高く、その後基本的にずっと薬価が切り下げられます。この薬価切り下げの割合は、市場実勢価格と公定薬価の差になっています。どういうことかというと、病院や薬局が患者に処方する薬の価格は公定薬価であり、一切割引などは認められていません。一方、薬の卸や製薬企業は、公定薬価より安い価格で病院や薬局に薬を販売するのですが、これが実勢価格です。この公定価格と実勢価格の差は病院や薬局の儲けになるわけですが、この部分を政府が毎年削っていくとイメージしてもらうと良いと思います。当然、薬価が切り下がれば病院や薬局は儲けが少なくなるので、卸や製薬企業に、より安い価格で供給するように圧力がかかります。そうやって薬価切り下げの影響が製造元にまで到達するわけです。ですから、薬価切り下げは業界全体の問題です。

薬価切り下げをする理由は、年を追うごとに新しい薬が投入され、その薬の価値が下がるからとされています。ですが毎年新薬が市場に投入されるわけではありません。特定の疾患の治療薬が、何十年も一剤しか存在しないような場合もあります。特許が切れた後、ジェネリック医薬品が参入した際に価格が大きく下がるのは問題ないと考えますが、競合薬がない状態でも薬価の切り下げがあり続けるところは、製薬会社としても納得がいかないのではないでしょうか。海外ではむしろ、特許の残存期間のある新薬の価格は、上昇する傾向にあります。外資系企業が問題とする問題の1つが、この市場に存在するだけで切り下げられ続ける薬価システムです。

もう1つの問題は、別のブログでも述べた、医療技術評価(HTA)に関してです。医療技術評価は本来様々な観点から評価を行うものですが、日本では費用対効果評価の部分のみ切り出して議論されています。現在、諸外国では承認の際にHTAが導入され、医薬品の効能・効果の他、経済効果も同時に評価され、総合評価で薬価をつけることになっています。日本でも過去には、社会的な影響が大きな薬、例えば抗肥満薬や禁煙補助剤の承認に、HTAが参考データとして使用されたことがあると聞いています。

日本でも2016年から費用対効果評価(HTA)を導入しようと検討を重ねましたが、専門家不足や現行制度とのミスマッチのため、新薬の承認には導入しないことになりました。代わりに、一旦現行方式で承認、薬価がついた製品に関し、上市後、医療財政に影響が大きいもの(=売上の大きな製品)を選んで、費用対効果評価を実施することになりました。要は売上の大きな製品を選んで、ピンポイントで薬価を削ることにHTAを利用するということです。またタイミングを同じくして制度化された、薬価制度の一環である、「市場拡大再算定」も医療費を手っ取り早く削減するための薬価政策です。厚労省にその気はなくても、少なくとも海外からはそう見られているでしょう。

製薬企業にしてみれば、日本以外の国では承認申請の際にHTAを求められるので、HTAデータも準備しています。ですが日本だけ求められるタイミングが異なると、海外の承認申請に使用したデータは使えないことになります。上市後数年たつと、標準治療も変わるからです。ですから日本のHTAのためだけに費用をかけて新しいデータを取り直しです。そのデータが薬価削減に使われるのですから、何ともやり切れません。

そしてその後、さらに制度が改定(悪?)され、「市場拡大再算定」に該当する製品と同じカテゴリーにある他社の製品についても、薬価引き下げの対象になるという制度も導入されました。

新薬の中には、全く新しいメカニズムや、これまで薬のなかった患者に治療法を提供するような画期的なものがあるのですが、こうした医薬品を対象に、新薬創出加算という、薬価を高く維持する制度も、医薬分野のイノベーションを促進するためとして制度化していました。が、これもHTAや市場拡大再算定の対象になると、ほぼなかったことにされるという、画期的新薬であるブロックバスターを生み出した企業には、踏んだり蹴ったりの制度がここ数年導入され続けています。

外資系企業が中心になって問題提起しているのは、この新薬創出加算やHTA、拡大再算定の対象製品に、外資系企業の製品が多いからです。逆をいうと日本の製薬企業の生み出した薬は加算がつくほど画期的でもなく、売上も大きくはないので、HTAや再算定の対象にならないのです。日本企業に言わせると、「ウチはそんな大型製品どうせ出せないから、関係ない」というわけです。ですから、こうした薬価制度改革にも、表立ってあまり反対していません。何とも悲しいですね。

ちなみに、下記のリンクの中に、新薬創出加算の多い企業のトップ10がありますが、1.ノバルティス(スイス)、2.サノフィ(仏)、3.ヤンセン(ベルギー)、4.武田薬品(日本)、5.ファイザー(米)、6.MSD(米)、7.中外製薬(スイス、ロシュ子会社)、8.第一三共(日本)、9.ノーベルファーマ(日本)、10.アストラゼネカ(英)と、外資系企業が大半となっています。

【ビジュアル解説】600品目に新薬創出加算、不採算品再算定で1100品目引き上げ…23年度薬価改定

またHTAや拡大再算定の対象製品を持つ企業も、創薬創出加算の対象製品を持つ企業とほぼ同じ顔ぶれです。

外資系製薬企業の中には、薬価に不満で上市を取り消すような製品も出てきていますし、そもそも上市しても採算が合いそうにないので、外資系製薬企業が日本で承認以前の開発自体をとりやめる、承認申請すらしないという選択もあるわけです。

上記のランキングにある、ノーベルファーマは開発型ベンチャーで、実は外資系製薬企業が日本で開発しないと決めた製品の権利を買い取り、日本に必要な薬の開発を実施して製品を上市するというビジネスモデルの企業です。この企業が上位に入っているということは、大手外資系企業が日本で開発を実施しない製品の中に、日本にとって重要で画期的な製品がたくさんあるということの証明でもあります。

「日本が最新の予防や治療から取り残されないために」という意味が、何となくわかっていただけたでしょうか。