大学10兆円ファンド 投資先の決め方について その2

前回は新しくできる大学10兆円ファンドから、大学の研究者やプロジェクトに投資するにあたり、投資する側の資質が問題であるという点と、これまでの政府の微妙な(?)政策によって過去30年、日本の研究開発力が落ちたという話を長々としました。その理由の一つとして大きいのが、大学院のレベルを維持することなく人数だけ増やすという「大学院重点化」であり、その政策を政府に言われるまま実行してきた東大であったということを書いたつもりです。

大学10兆円ファンド 投資先の決め方について その1

よく研究は何十年も研究しなければ目が出ないような研究も多いので、そういう研究をする研究者にも長期で安定した予算を配分すべきという意見があります。これはイエスでもノーでもあると思います。

まず好きな研究(仕事)をやってお金をもらえる人というのは、世の中そんなには多くはありません。たいていの人は生活のために、あまりやりたくない仕事を我慢してやっていることが多いものです。あるいは好きな仕事だけど、給料が安いということもあるでしょう。生活できないほど貧乏は困りますが、研究者の場合、嫌なら企業で企業の志向する研究をもっと高い給料でやるというオプションもあります。

これまで偉大な発見をしてきた研究者たちは、生活のための仕事は別に持ち、研究は自費を投じてというケースも多くありました。キュリー夫妻は大学の講師や家庭教師が本業でしたし、アインシュタインは特許庁に勤務していました。自由な研究でたくさんの研究費がもらえるのは、研究費の出どころの思惑と研究者の目指すところが一致した時しかありません。研究とはある種のギャンブルでもあるので、将来ヒットしそうな研究を見極める能力と、それを他人に認めてもらう能力も研究者にも求められると思います。自分の研究が将来どう化けるかわからないし、論文も書かないけど、研究費は欲しい、好きなことして生活したいと言われても、そんな研究者に研究費を出す国は日本以外でも正直ないと思います。

ここ数年、研究者の海外流出が増えていましたが、この円安でこの傾向は益々進むでしょう。研究者が海外に機会を求めるのは、研究環境と待遇の両方があると思います。日本で仕事がないなら海外で研究すれば?と気軽に(?)おっしゃる方もいますが、日本より海外の方が、研究員でいられる条件はずっと厳しいです。結果を出せない人にオファーはありません。だから海外に行ける日本の研究者は、日本でもかなり優秀な研究者であるということです。創薬研究関係では、若い研究者を中心に、米国のボストン周辺を中心にたくさんの研究者が移動しています。なぜわかるかというと、日本ではなぜか余り人気のない、LinkedInというSNSをチェックすると、日本人で登録している研究者は圧倒的に米国在住の研究者が多く、その数はここ数年で一気に増えました。営業ツールとしてLinkedInを使っている私には実感としてよくわかります。

余談ですが、このLinkedIn、ちょっと違った目的にも使えます。よく政治家の学歴詐称問題がありますが、米国をはじめとし、海外の大学留学経験者はLinkedInで検索すれば一発でわかります。もっとも、ちゃんと卒業できていればですが。卒業した大学での同窓生のつながりがなければただの詐称か、ぼっちで誰にも相手にされていなかった人の可能性が高いです。普通大学を卒業して、同級生の誰ともつながりがないということはあり得ません。海外の大学をちゃんと卒業しているかどうかのチェックは意外と簡単です。卒業年がよほど古くない限り、確認作業は難しくありません。

話を本題に戻すと、日本はいつのころからか、政府が研究レベルを下げる手助けをするようになってしまいました。日本以外の国も研究費をいろいろな分野にばらまいていますが、研究レベルについては決して妥協してはいません。日本は政府が良かれと思ってやっていることがどうも裏目に出ていることが多いように感じます。それは日本の場合官僚や政治家に文系出身者が多いため、投資の対象たる技術や科学に対して圧倒的に知識が足りていないからです。

私が普段仕事をしている創薬研究分野に関して言えば、例えば政府は再生医療分野について研究費を集中的に投資してきました。山中先生がノーベル賞を受賞され、この分野の日本の研究は世界をリードしているという錯覚があったものと思われます。ですがiPS細胞はそもそも再生医療分野の可能性の一つにすぎませんし、実用化までにはかなり長い道のりがあることは研究者の間では周知の事実でした。もちろん継続して研究することは重要ですが、それ以外の研究分野も否定されるものではありませんでした。

再生医療分野に関して、政府は実用化を急いできました。まだ基礎研究が追い付いていないのにです。そして再生医療分野の製品を早く世に出す仕組みも作りました。その一つが「条件付き早期承認制度」と呼ばれているものです。薬の承認プロセスには人で効果を試す臨床試験が不可欠ですが、この早期承認制度では、臨床試験の最後の第三相試験を市場に投入した後、患者で実施するというものです。

この制度、要は再生医療だけ承認に下駄をはかせる制度です。当初は患者に投与する費用(第三相の臨床試験費用)をなんと患者負担としていましたが、費用が大きすぎて患者が負担できないということになり、健康保険から負担することになりました。臨床試験費用は本来開発する企業が負担するものですが、事実上税金で負担する制度になっています。また効果や安全性が不確かなものを市場に出し、要は患者で試すという制度にほかならず、国内の研究者からも疑問の声が上がりました。それがこのリンクです。

再生医療製品の早期承認制度は果たして得策か(原文は英語です)

Stem the tide (上記記事の英語の原文)

https://www.nature.com/articles/nm0513-510 (早期承認制度に関するNatureの記事)

政府としては日本に再生医療製品を早く上市させて、日本が再生医療をリードすることを考えていたのではと思います。が、現実は全く逆の効果をもたらしました。政府は今でも日本基準のことしか考えていないようですが、創薬研究、あるいは医薬品の研究開発はすでにグローバル化しています。まして患者数の少ない再生医療分野の製品に関しては、企業として利益を出すためには海外でも製品を上市(ライセンスを含む)する必要があります。日本のゆるい規制で上市できたとしても、そのデータで他の国で承認を得て、上市できないのであれば開発する意味がありません。したがって日本企業も含め、真剣にこの分野で製品を上市したいと考える企業は、まずは規制の厳しいヨーロッパや米国で承認を取り、そのデータで日本を含む別の国で承認をとるという方法を取らざるを得ません。日本の規制で承認を取った再生医療製品なんて、どの国も相手にしないのですから、日本で承認をとる意味がありません。

つまり技術に下駄をはかせることは、日本の首を絞めるここと一緒です。再生医療の場合は日本で承認が取れたらどの国でも承認が取れるくらい、世界一厳しい規制にすべきでしたが、残念ながらそのような技術も、必要な規制を作成するノウハウも日本は持ち合わせていません。遺伝子治療なども国は奨励したいようですが、遺伝子治療をまじめに検討している製薬企業は、研究拠点も遺伝子治療薬の製造も承認もすべて米国をはじめとした海外で検討しています。

政府は最近、再生医療、遺伝子治療、バイオロジクス、ワクチンで認知度が高まったmRNA製品の開発製造を請け負う企業(Contract Development and Manufacturing Organization: CDMO)を奨励し、予算をつけています。が、製造拠点設立に政府予算をつけるのは個人的にはやめた方が良いと思っています。政府はなぜか作ることに異常なこだわりがあるようですが、そのビジネスモデルは古いと言わざるを得ません。それよりもまずは、製造するプロジェクトを生み出すことが先です。また国内企業(アカデミア含む)相手では、こうしたCDMO企業の企業活動を維持するのに必要なプロジェクトの需要がないでしょう。

また日本は再生医療分野に限らず、海外営業が弱く、海外からのプロジェクトが取れません。円安ですから、海外プロジェクトが取れればかなり儲かるでしょうが、家電や車など自社製品を生産するのとは違い、顧客のプロジェクトに応じてカスタムのプロジェクトを実施するためには、英語でのコミュニケーション能力が必須です。日本はこれがかなり弱いと感じます。この分野で儲かっているのは、富士フィルムやAGC、JSRなど海外の企業を買収し、海外で製造し、海外に営業部隊を持ち、海外の顧客をメインで営業している会社です。円安は関係なく、海外の顧客をいかに掴めるか鍵なのです。この分野、需要は日本より圧倒的に米国です。日本人の営業部隊だと米国からプロジェクトが取れないのです。

英語の能力以外にも、日本はそもそも技術営業を簡単に考えすぎです。技術が高度に専門化している現在、海外ではこのような分野の営業は専門分野の博士かつMBA保持者が標準です。日本の技術営業は昨日まで全く違う分野の営業をしていた人なども沢山おり、文系学卒も珍しくありません。しかも営業職の待遇が悪いので、優秀な人はなかなか定着しません。海外では技術営業の待遇は、研究者よりずっと上です。それは技術に関する知識とセールスの能力の両方が求められるからです。日本人の営業が海外企業に営業をかけても、おそらく相手にもされないでしょう。ですから製造拠点ごと、営業も、顧客も一緒に買収するという手法が、おのずと日本企業ではメインになるわけです。

したがって政府がこのようなCDMOに助成した税金は、ほとんど海外の拠点強化に使われることになります。もっと言えば、米国に多額の送金をしているようなものです。また日本にある拠点でも、海外の技術を使って(つまり製造するたびライセンス料を海外に払う)、海外の設備を導入し、海外から技術者を呼び寄せて製造し、地元採用は清掃業者と警備員くらいとなれば、日本に落ちるお金はほんの少し。これでは全く日本のためになっていません。私から見ると、日本政府はなぜか、結果的に海外に日本の税金が流れる仕組みが大好きです。

もういい加減、もの作り日本という幻想を政府は捨てるべきです。大事なのは作る場所ではなく、何かを作り出す技術を海外にライセンスできるようになることです。そうすればどの国で製造してもライセンス料が入ってきます。いまだに円安で製造業が日本に戻ってくるかもしれないと思っている人がいるようですが、製造できるものを生み出す研究開発力を強化するのが先です。円安はメリットがあるという人も、今、日本で製造して輸出できるものが一体どのくらいあるのか考えてみて欲しいです。そのためにも特に理系、工学系の大学のレベルアップは緊急の課題なのです。

長くなりましたが、大学ファンドのお金が、日本初の技術や知財の創生と、それにかかわる研究者のために使われることを切に願っています。