新薬とジェネリック医薬品

今日は私の専門分野でもある、医薬品について思うところを書きたいと思います。今日は今更かもしれませんが、新薬とジェネリック医薬品の違いと、この2つをめぐる最近の話題について書きたいと思います。

新薬とは?

簡単に書くと、そこそこの規模の製薬企業が開発し、政府の承認を受けて製造、販売しているものの中で、特許期間がまだ残っているものです。日本では近年になり、製造を他社に委託できるようになりました。ですから、製造しない製薬企業も存在します。

ここ20年くらいは、製薬企業が新薬を生み出せなくなっており(日本も例外ではありません)、バイオベンチャーなどから導入(ライセンスともいう、特定の新薬の開発、販売の権利を他社から購入する、あるいは会社ごと買収する)した製品が多くなっています。バイオベンチャーが数的に、市場規模に比べて圧倒的に少ない日本は、海外のバイオベンチャーから医薬品候補を導入ということになりがちです。臨床試験(治験)を経て、こうした新薬の候補は、各国で承認申請され、承認後、販売されます。

日本では公定薬価が存在します。これは承認後、速やかに設定されます。この薬価の決め方にはいくつかあるのですが、これまで存在しなかったような新しいコンセプトの薬に関しては、原価方式(薬の製造原価、その他から薬価を決定する)がとられ、似たような作用の薬がすでにある場合や、海外ですでに上市されている場合は、類似品の薬価が参照され、薬価が設定されます。ちなみに米国など一部の国では、薬価は自由価格であり、公定薬価が存在しない国もあります。

2000年以降、先進諸国を中心とする諸外国では「医療技術評価」(Health Technology Assessment:HTA)というコンセプトが導入されました。承認申請の際に、薬の効果だけでなく、経済評価も同時に実施し、両方を加味して薬価を設定する国が大半になりました。ですが日本では、つい最近までこのコンセプトは事実上導入されていませんでした。理由は厚労省の中に、というより日本に、医療経済の専門家がいないことです。日本以外の国では、医療行政に医療経済学者がかかわるのが普通になっています。日本では医療経済の専門家と言える官僚が基本おらず、経済評価ができる体制にありません。これは日本のアカデミアも同様です。

外資系製薬企業で医療技術評価にかかわっている人たちは基本、海外の大学でPhDを取ったような人ばかりです。人材不足のため常に求人が出ており、人材の争奪戦になっています。日本の官僚は基本2年に一度移動しますし、専門性が諸外国に比べて低いので、海外の医薬行政を担当している専門家に言わせれば、「日本には話が通じる人が全くいない」ということになります。この分野、日本は完全にガラパゴス化しています。

2016年以降、日本でも医療技術評価を形式的には導入することにしたものの、実態は一度薬価が付いた製品のうち、売上高の大きい製品を狙い打ちして薬価を強制的に引き下げるという、かなり評判の悪いシステムになりました。日本では残念ながら、売上高の著しく高い製品は外資系製薬企業が販売している製品に多く、外資系製薬企業からブーイングの嵐です。

日本の薬価制度にはまた、薬価切り下げという制度が存在します。薬価切り下げ自体は、日本以外の国でも実施している国があります。古い薬はどんどん薬価が安くなっていきます。究極的には、採算が合わなくなるまで切り下げられることになります。こうした薬のうち、必要不可欠なものについては、市場から撤退されて供給がなくなると困るので、薬価を逆に引き上げることも行われるようになりました。

薬を供給する側のビジネスにいる立場からすると、薬価を永遠に切り下げるというのは、この30年ほど日本の物価上昇がなかったとしても、企業にとっては大変なことです。通常、製品に変更がなくても製造コストは毎年上昇します。もちろん製造のスケールが上市から10倍、100倍になれば製造原価はある程度下がるかもしれません。ですがその他の販売管理費は確実に上がりますし、よほど数量的に売れないと安く供給することは難しいです。

例えばトヨタの車が、販売当初200万円だったものを、10年後に150万円で販売できるかというと、難しいでしょう。ちなみに米国では、新薬の承認後、売上の大きな医薬品の薬価は上がる傾向にあります。それは米国では医薬品は自由経済の影響下にあり、需要がある薬は価格が上がるというわけです。薬価行政というものがいかに特殊かわかると思います。

ジェネリック医薬品について

ジェネリック医薬品というのは、新薬として上市した製品のうち、通常、物質&製造特許が切れたもので、オリジネーターである製薬企業にライセンス料を払うことなく製造、販売できる状態になった薬のことです。ジェネリック医薬品は莫大な研究開発コストを負担することなく製造できるので、製品価格を安く抑えることができます。

日本ではジェネリック医薬品の公定価格を、以前は新薬の70%、最近では50%で設定しています。新薬同様、年を追うごとに薬価は切り下げられていきます。最初の新薬の50%の価格設定が安いか高いかというと、海外に比べるとかなり高いです。米国などは、ジェネリック医薬品の価格が新薬の10分の1というようなこともあり、日本のジェネリック医薬品企業にとってはこの公定薬価があるがゆえに、これまでかなりの利益を確保できてきたと言えるでしょう。

私はこれまで主に、新薬の研究開発の仕事をしてきましたが、ジェネリック原薬や製品の製造もやっている企業にも勤めてきた関係で、ジェネリック原薬のビジネスにもある程度詳しいです。ちなみに日本のジェネリック原薬(原薬=薬の有効成分)は、世界一高いと言われています。つまりその高い原薬を使って製造する製品は、諸外国に比べて高いということになります。

日本のジェネリック原薬が高いのには、いくつか理由があります。まず日本のジェネリック製薬企業は基本的に製剤メーカーであり、原薬をよそから購入して、錠剤やその他製剤に加工して製品を作っているところが多いです。原薬製造を自社で実施している企業は限られています。現在は原薬を海外から輸入している企業が多いですが、通常、商社などを介して輸入するため、購入価格が海外に比べて高いです。なぜ商社を経由するのかというのは、一にも二にも語学力です。最近では商社を介さずに直接海外のベンダーから購入する企業も増えています。また、日本には小分け業者と呼ばれる企業も存在し、海外から購入した原薬をさらに小分けして製剤企業に販売する業者もあります。

もう一つは、そもそも日本のジェネリック製薬企業の規模が小さく、小口生産のため、購入する原薬の量が少ないからです。つまり少ロットでの購入なので、高くつくというわけです。これは自社で原薬を製造する製薬企業にも言えることです。生産する量が少ないので、製造コストが高くつくのです。ですから小規模の製造業者は、他社が生産できないようなニッチな製品の製造に特化するということが必要ではないかと思います。

ちなみに私が仕事をしているインド企業は、何千トンという単位で製造し、日本も含め世界中に原薬を供給しています。海外の大手ジェネリック製薬企業は、基本グローバル企業であり、世界を相手に商売をしています。ですから、同じ医薬原薬でも原薬の製造量はけた違いです。残念ながら、日本のジェネリック製薬企業は、新薬の場合と異なり、これまで公定薬価に守られて比較的居心地がよかったので、日本だけで長年商売をし、海外には進出できていませんでした。

10年くらい前に、ジェネリック製薬大手の沢井製薬が米国に進出しようとしましたが、上記の背景を考えると、かなり難しいというのが、現実的にわかると思います。薬価が自由経済で、価格競争が最も熾烈な米国で戦うには、徹底した原薬価格の管理が必要です。新薬の場合は特許に守られており、製造、販売できる企業は基本1社だけなので、高い価格を設定できますが、ジェネリック医薬品の場合は真逆で、競合がたくさんいる中で品質、価格ともに競争力がなければビジネスとして太刀打ちできません。輸入した原薬では、中国やインドの企業など、規模の経済がある企業にかないません。

ですので、これまでのブログでも何度か書いてきましたが、日本が医薬の分野で製造をメインとするビジネスモデルを復活させるには、日本だけのビジネスでは難しく、海外にも販路を求めなければならないでしょう。そのためにはある程度の規模を維持するため相当な金額の設備投資と、海外に向けて営業するための、英語を含めた語学堪能なビジネス人材が必要です。コロナ禍、日本政府はワクチンの製造拠点にかなりの投資をすることにしましたが、結局、製造のネタを海外から導入する限り、製造コストは高くつき続けます。そして、その結果製造したものを海外で販売することは難しく、出来上がった製品は、ワクチンであれば日本が税金で購入して終わりで、次のビジネスにはなかなか繋がらないでしょう。ですから製造メインのビジネスモデルは少子高齢化の日本では難しいと思います。

それよりも研究分野に資金を集め、製薬企業が海外のベンチャーを買収しなくて済むように、あるいは日本初の研究を海外に導出し、ライセンス料を稼ぐ、脱製造ビジネスモデルに変換することが重要と考えます。