大学10兆円ファンド その後2

大学10兆円ファンドの認定校が東京大、京都大、東北大の3校に事実上絞られたというニュースが先月末にありました。「なんだ、やっぱり出来レースだ」と思った大学関係者は多かったのではないでしょうか。まあ論文の数で競うとなると、研究者の数が圧倒的に多い東大は当然有利でしょう。研究者に広く研究費を配り、日本の研究の底上げを図ろうといった当初の理念はどこかに行ってしまったのでしょうか。

ところで先週、医薬業界のイベントで、ベンチャーキャピタルがどうバイオベンチャーと関わるかというテーマのイベントがあり参加しました。イベントそのものもなかなか興味深いものでしたが、イベントの後の名刺交換会が私にはもっと面白かったです。これからヘルスケア分野の投資に参入しようという事業会社から勉強にやって来たという方が、何人かいました。隣の芝生は青く見えるのです。

新しい分野にチャレンジしようという意気込みは、黙ってジリ貧になるよりずっといいと個人的には思っています。ただヘルスケア、特に医薬研究開発は投資から利益が出るまで非常に時間がかかり、かつ投資金額も大きくなりがちなので、異分野の事業会社が参入して簡単に利益が出るものではありません。しかも日本では、医薬分野の投資ができるベンチャーキャピタル自体少なく(片手で収まるくらい)、経験のあるベンチャーキャピタリストも両手の数くらいと少ないです。

名刺を交換した人の中に、具体的な名前を出して申し訳ないのですが、ゆうちょ銀行の方もいました。彼曰く、ゆうちょ銀行では今後、積極的に投資をする方針だそう。1兆円くらいのお金があるそうで、その投資先を探していると。医薬やバイオ分野も候補の一つと考えているので、勉強に来たとのこと。

勉強は構わないのだけれど、願わくはいきなりバイオファンドを作って、医薬ベンチャーに直接投資をして、くれぐれも溶かさないで欲しいですね。彼にはやんわり、「バイオは専門家でも難しいので、まずはノウハウのあるファンドに資金を提供して勉強してから方がいいですね」と言ったのですが、伝わったでしょうか。

日本郵政には申し訳ないけれど、組織として投資の才能があるようには思えません。最近の楽天の株の評価損(850億円?)も話題になっていますが、2021年には6200億円で買収したオーストラリアの物流会社のトール・ホールディングスを全く活用できず、7億円でファンドに売却したばかり。

日本郵政、豪物流6200億円買収で「杜撰すぎる投資計画」発覚!無駄金使いが止まらない

6200億円を7億円にするってすごい才能です。ゆうちょ銀行は特に一般庶民が少しずつ預金したお金というイメージですし、本当に慎重に投資して欲しい。若いお兄ちゃんに「1兆円くらい投資したいんですよね」とか気軽に言わないで欲しい。自分のお金じゃないのだから。

まあ彼に限らず、若くてもそれなりの年齢でも、他人から集めたお金を自分のお金と勘違いしているような人は多い。ベンチャーキャピタリストにもそういう人はいるし、官僚、政治家、商社マン、銀行家にもたくさんいます。しかも日本の問題は、こうした人たちがなぜか高く評価される仕組みがあること。例えばベンチャーキャピタリストなら、よりたくさんお金を集めた、より多く投資したベンチャーキャピタリストが日本では評価されます。「お金をたくさん動かせる」=「偉い」らしい。

一方で良心的なベンチャーキャピタリストももちろんいます。そういう人達は一つ一つ案件に丁寧に関わるので、必然的に一度にたくさんの投資はできません。また日本の場合、ベンチャーキャピタリストのほとんどがサラリーマンであり、投資に失敗しても責任を取ることはありません。一方欧米のベンチャーキャピタルは通常パートナー制で、自らも出資しています。そしてキャピタリストの評価はいかに投資でリターンを上げるかのみです。

一昔前話題になった村上ファンドなどは、後者です。だからこそ投資先の事業を詳しくチェックし、必要なら業績改善のためのアクションも起こすわけです。日本の場合はほとんどの場合投資をしたらそのまま放置です。出資先が潰れても投資の責任者が責任を問われることはありません。思うに、このやりっぱなしの日本男性文化こそが、日本の政治や官僚機構、大企業が長い不況からの打開策を打ち出せない最大の理由と思っています。

大学10兆円ファンドに話を戻すと、10兆円をそのまま大学に配ると勘違いしている人もいるようですが、実はこの10兆円を原資として運用し、その投資の運用益(年3%程度)を大学に支援しようとしています。この10兆円ファンドのファンドマネージャーは元農林中央金庫(農林中金)のファンドマネージャーだった方とか。

農林中金とは、農協で集めた預金を運用する部門です。つまり農林中金のお金は農家のおじさん、おばさんがから集めたお金です。農林中金の投資先やその運用については、いろいろ噂があり、経営はかなり苦しいようです。農林中金は世界で最も多くCLO(ローン担保証券)を所有していると言われていて、その金額は2022年9月末時点で6兆6000億円です。リスクの高い金融商品に手を出しすぎなのではと言われています。しかも農林中金は有価証券評価損を9月末時点で1兆7173億円も出しているとか。

農林中金、9月末のCLO残高は6.6兆円-6月末比5000億円の増加

CLOもそろそろ危ないと言われていますし、大丈夫なんでしょうか。

農林中金のファンドサイズ自体は大きいので、その規模のファンドを担当していた人という日本的な評価で、おそらく10兆円ファンドのファンドマネージャーも選ばれたのでしょう。そして採用された方は、大学10兆円ファンドを運用するには、給与が安すぎて他のマネージャーを誰も採用できないとぼやいていらっしゃるようです。が、こうしたファンド系の仕事は、運用がうまくいったら大きなボーナスで良いのではないでしょうか?このような職種の基本給を上げる必要はなく、成功報酬が基本と思います。昔このくらいのサイズのファンドを運営していたではなく、このくらいのリターンを出せるという人を採用して欲しいです。

毎年大学に支援できる金を確保できることを祈ってやみません。