ポスドク問題について

注:このブログはやや専門的な話が続いて超長文なので、ご興味のない方はスキップしてください。また私は医薬研究が専門なので、医薬研究業界の話を中心にします。

まず私の立ち位置ですが、元々薬学部出身で、大学の助手も1年だけですがやっていましたし、企業での研究職の経験もあります。また現在はインドにある研究・製造受託企業(いわゆるCRDMO)で、日本の顧客から医薬研究や、原薬製造などのプロジェクトを契約していただくという事業開発の仕事をしています。

私のやっている仕事のせいで日本の研究者が失業するのでは?と言われることもあります。正直、そういうケースもあると思います。ただCRDMOの市場が一番大きい米国では、職を失った研究者は例えば、製薬企業からバイオベンチャー、CRDMO、アカデミアなどに職を得ていますので、日本でも研究者エコシステムが機能するのなら、問題ではないと考えます。問題なのは、こうしたエコシステムが機能せず、日本の高学歴理系人材の行き場が米国に比較して圧倒的に少ないことです。

まずアカデミックでの研究ですが、私が大学にいたころに比べて大学の数が圧倒的に増えていて、一大学当たりの研究助成金や科研費等の研究資金が減っていると感じます。もちろん独法化も影響ありで、経営なんてやったことがない国公立大学に、自分で研究資金を獲得しなさいと言ってもできるわけがありません。それなのに授業料もそんなに値上げできませんし。米国の有名私大の授業料、いくらかご存じでしょうか?円安の今なら年間1000万円くらいではと思います。桁が少なくとも一桁日本とは違います。それなのに、大学授業料は無料にしろと圧力をかけられていて、踏んだり蹴ったりです(笑)。また、研究主体の大学と職業訓練大学を分けて、研究活動は研究大学で実施し、研究予算を細切れにして分配しないようにすべきとも思っています。

大学の職員の給与については、独立法人化の影響もあるでしょうが、国立大学の教授に至っては昔より給与水準が下がっていると思います。知り合いに妻が私大の教授、夫が有名国立大教授というカップルがいますが、妻の給与がかなり高いです。頑張って有名な国立大学の教授になって、年収1000万円以下とか、ありえないと思います。もちろんお金だけがすべてではないですが。これは大学の場合(特に国立)、学長が頂点になったピラミッドなので、そのようなお給料の設定になるわけです。ちなみにピラミッドの底のポスドクは、各大学のピラミッド基準に基づいて給与が決まるので、世の中の給与相場とは関係なく、下手するとマクドナルドのバイト以下の設定ということになります。全体的に引き上げが必要と考えています。

次に大学の新陳代謝の問題。一度教授になったら、実績がなくても教授でいられることは問題です。教授になったら何年かおきに実績を評価して、実績のない方はやめていただいてポストを開ける、期限付き契約にするのがいいと思います。ちゃんと論文を出しているような教授なら、なんの心配もありません。そして実績のある人は、実績に基づいてもっと給与を高くする。あるいは期限付きにする代わりに給与を引き上げる。学長より高い給与も実績次第で当然ありにすべきです。

現在はなぜか、ポスドクや助教が実績ベースの期限付きになっているケースが多いですが、逆ですよね。エントリーの場合は、せめて5年はポジションを約束すべきと思っています。でないと常に就職活動しながら研究しなくてはいけないですし。また最近論文のオープンアクセスが増えて、論文投稿者にものすごく負担がかかるようになりましたが、これはポジションによって大学や国が投稿料を負担・補助するなど検討すべきと思います。

ただ個人的に、安定雇用は5年くらいあれば研究者の場合よいのではと思っています。5年で目が出なければあきらめる、他の仕事に就くなど検討すべきと思います。これからは一生安泰というのはどの業界でもないと思います。

次に企業についてですが、日本の場合終身雇用が前提なので、製薬企業やベンチャーなどの経営戦略によって解雇ができないということがあります。海外の場合、研究職は給与水準が高い代わりに、会社の経営方針の転換ですぐに解雇の対象となります。研究部門ごと、研究所ごと閉鎖も多いです。逆を言えば解雇の可能性があるので、高い給与であるとも言えます。解雇されても気にせず、SNSのLinkedInなどで積極的に失業中だから職を探しているとアピールしています。そして失業した研究者は、別の企業その他に移ります。そうすることで、その研究者が以前いた職場の知見やノウハウが次の職場に伝えられます。日本は研究者が一生同じ場所にいることが多いので、そのような良い循環が生まれにくいです。

日本の場合はまた、研究者が配置転換で学術や営業、施設管理など、本人が望まない仕事に就くこともあります。ですが、辞めない方が退職金や年金などが良いので、多少のことには目をつぶる人が多いと思います。研究職で残っても、日々調整業務なんて人もいるかもしれません。これが悪い選択とは言えませんが、モチベーションが下がる、仕事したフリで面倒な意思決定は避ける、チャレンジングなプロジェクトには手を出さない、不正を見て見ぬふりをするというモラルも労働生産性も低い働かない従業員を生む確率は高まります。研究職に限らず、私は一定以上の給与所得保持者(例えば1500万円以上)は大学もそうですが、基本的に解雇可能にしてもよいと考えます。失業したら失業給付や、必要なら生活保護で捕獲して、リカレント教育を施してまた世に出すということをすべきと考えています。

日本で働いていても、外資系企業で働いていれば、基本終身雇用ではありません。逆に50歳になったからといって、役職定年で同じ仕事でも給料が半分になるというのはなく、会社の要求するパフォーマンスを維持できるなら、年齢も性別も関係なく、雇用も給与もずっと維持されます。一方で、外資にもお給料は高くないけれど、サポート的な仕事をずっとする人もいて、そういう方たちはよっぽどのことがない限り解雇はありませんが、お給料も上がりません。個人としてどちらがいいかだけの話です。日本の場合、上が詰まっているために、新しい人が採用されにくいという構造的な問題は常にあると思います。

日本の企業には、博士持ちは使いにくいという考えが確かに昔はありましたが、今製薬企業の研究職ではほぼないと思います。それは上司にあたる側も博士持ちが多くなっているからです。海外と一緒にプロジェクトを実施するにしても、研究職で博士がないと相手にしてもらえません。特に医薬産業は海外からのライセンスの導入や共同プロジェクトなど他の業界に比べて海外との接触が多いので、皆実感として必要性を感じているはずです。

問題は新卒の採用が狭き門である、あるいは新卒は採用しないというところも多いことです。新卒のトレーニングは別のところでやってもらって、パフォーマンスの高い人だけ中途採用で雇いたいということです。じゃあ、新卒はどうするかというと、まずはCRDMOやベンチャーに入って経験を積み、中途採用で製薬企業その他にアプローチするという方法が日本以外では一般的だと思います。日本ではこの役目を人材派遣会社が一部になっているようですが、CRDMOとは違います。派遣は派遣会社自体に研究のノウハウがなく、基本的には派遣先で親切にしてもらいなさいという体制ですが、CRDMOはそれ自体で研究が完結できるレベルにあり、従業員はすべて正社員で、教育訓練も自前です。CRDMOでは、実施する研究プロジェクトの所有者がお客さんというだけです。

残念ながら日本には今までこのCRDMOに当たる企業が少なく、そうした高学歴の研究者の受け皿がありませんでした。あっても比較的小規模に細々やっているところが多くて、それこそ博士はいらないというところが多かったのです。現在は武田薬品からスピンオフした研究受託企業がありますが、日本の問題は海外向けの営業力が弱く、プロジェクトを海外からなかなか取れないということです。特に米国のCRDMO市場は、日本の何十倍も大きいので、米国からプロジェクトが取れない企業は現状成長が難しいでしょう。円安の今はそうした企業があれば絶好のチャンスと思いますが、ないですね。海外からプロジェクトを取るためには、英語で契約できないといけないのですが、それができない日本企業の法務担当者も多いです。最近、医薬研究開発の分野で日本以外のアジアのプレゼンスが上がったのは、研究レベルの高まりの他、英語能力が日本より相対的に上だからだと思います。

国の政策はというと、投入する投資の金額が米国(最近では中国)に比べて圧倒的に小さいことと、そのほとんどが建物や新しい組織を作ることへの投資であることが問題と思っています。よくあるのはXX拠点整備(つまり箱モノ)に投資され、研究プロジェクトやスタッフの給与には投資が分配されないこと。これまで国はいろいろな研究関連施設を日本全国に整備してきましたが、ほとんど使われないまま放置されているような施設もあります。また設備を作っても、そこにプロジェクトを持ち込んで常に稼働させないと、その研究や製造の仕事にかかわる人材を育成することができません。でも作った後のフォローはたいていなしです。

ポスドク問題の解決方法として、CRDMOのようなものを作ってそこで採用し、国内外のプロジェクトを受けたりすることはよいと思います。中国もインドもそれで創薬研究のレベルアップをはかりました。日本は今、バイオロジクス等の受託製造拠点を整備しようとしています。CRDMOも受託製造も、プロジェクトが継続して取れないと意味がないです。

ベンチャーも米国に比べると圧倒的に少ないので、もっとたくさん作るべきと思います。また日本ではベンチャーの給与が大手企業より低いですが、それも逆と思います。ベンチャーは先があるかどうかわからないのだから、給与を高くしないといい人材は確保できません。日本の場合そうすると投資先に、「そんなのけしからん」と言われるみたいですが、給与が低くて先の見えないポジションに応募したい人はいないです。

最後にポスドクをやっている方へのメッセージですが、アカデミックにこだわり続けるのは本人の自由なので私はコメントなしです。でも研究にもいろいろあるということと、冷たい言い方かもしれませんが、ポジションは実力だけでは取れないということも知ってほしいです。人的ネットワークや運もありです。運は自分ではどうにもできないので、運命の扉があくまで待つしかありません。それまでモチベーションを高めつつ、生活を維持しないといけません。どうしても日本でとか、有名大学のポジションでとかではなく、いろいろやってみるのも大事と思います。

つらつら書きましたが、ポスドクだけを救済する方法というのはないと思います。あるのは研究者エコシステムを作ること。失業した場合は社会保障制度で捕獲すること。大学は職員の給与の引き上げと、雇用体系を変えてポスドクにポジションを空けること。元々国公立大学が法人化したのは、こうした策がそれぞれの大学でできるからだったはずです。あとはCRDMOやベンチャーをたくさん作りそこで雇用すること。この時、研究者とセットで、英語での営業力と法務業務の強化をすること。医薬以外の業界でどう当てはまるのか、気になるところです。

以上、皆様からのご意見もお待ちしています。