今日はHPVワクチンについて書こうと思います。長くなったので休み休み読んでくださいね。
HPVワクチンとの出会い
HPVワクチンのことを最初に知ったのは、2004年くらいのことで、私は日本の商社に勤務していました。その商社では海外の医薬品ライセンスのネタを探しては、日本の製薬企業に仲介するということをやっていました。
HPVワクチンは、元々オーストラリアのクイーンズランド大学にいた二人の研究者が発明したとされています。当時はオーストラリアにある、血液製剤事業で有名なCSL社が、導出可能なHPVワクチンの権利を持っていました。昔のことなので、どちらがどっちなのか忘れてしまったのですが、確かGSKのHPVワクチンが先行しており、CSL社の持っていたHPVワクチンはGSKの開発しているものより予防できるHPVウイルスの種類が多いという話だった思います。(ちなみにGSKのHPVワクチンもクイーンズランド大学のものであったと記憶します)私はHPVワクチンの概要をみて非常に興味を持ち、CSL社にアプローチしました。その時はHPVワクチンのライセンス先が見つからないとのことで、日本にライセンスしても良いという話でした。
一方、私がいた商社での評価は今ひとつでした。理由は、1)日本の製薬企業は女性特有の疾患の薬を開発する気はない。当時は子宮頸がんワクチンという位置づけでしたが、日本の製薬企業が典型的男優位社会で、女性の視点から研究開発するという視点が欠如していた(今も?)ためです。2)ワクチンは採算が合わない。当時は製薬企業が次々とワクチン事業から撤退している時でした。ですが季節性ワクチンとは違い、年間を通じて需要があるためビジネス的には廃棄のロスが少なく、行けるのではと思ったのです。3)日本企業は技術的におそらく開発不可能。これはいかんともしがたい事実でしたが・・・。
ちなみにこの時のHPVワクチンが世の出た後、日本の製薬企業でも何社かHPVワクチンを開発しようとしましたが、世に出ませんでした。(ちなみに、現在ワクチンを供給している英国と米国企業以外では、中国が国産HPVワクチンを2020年に上市しています。クイーンズランド大学のHPVワクチンの発明者の一人は中国人です)
社内では酷評されたものの、同時並行でメルボルンにあるCSL社と交渉し、本社のあるメルボルンにも押しかけました。そして年齢も私と同じくらいの女性担当者から良い返事をもらい、帰国しました。が、帰国してメールをチェックしたところ、「グローバル製薬企業がぜひライセンスしたいというので、一旦話を保留にして欲しい」と連絡が入っていました。その後、そのHPVワクチンはMerck社のものになりました。確かMerckは自社のHPVプロジェクトがPhase 2くらいであったはずですが、それを中止して導入したと記憶しています。そしてあっという間にワクチン開発が進み、承認、上市されたのでした。その時は残念な気持ち半分、安堵の気持ち半分でした。残念と思ったのは、日本にライセンスできなかったこと。安堵の気持ちは、日本企業がライセンスしていたら、おそらく開発できなくて、何年も棚ざらしだったのではと思ったからです。開発力のある企業にHPVワクチンが引き取られ、早く世に出てよかったという気持ちでした。
ワクチンのメカニズム1
子宮頸がんはHPVウイルスの感染と強い相関関係があることが知られていました。つまり「HPVウイルスに感染する=将来子宮頸がんになる」ということです。そのため、感染後のHPVウイルスが増殖しないようにすれば、がん化を防げるのではないかと考えたわけです。HPVウイルスにはたくさんの種類(型)があるのですが、その中でもとりわけ子宮頸がんの発生に関与していると言われるいくつかのHPVウイルスを選び、そのウイルスのDNA情報を封入している殻の部分だけを作り、それをワクチンの抗原として接種することにより、ウイルスに対する抗体を作るというものでした。体内に入れるのはウイルスのDNA部分を除いた入れ物だけなので、感染力はなく、非常に安全であると思われたのです。私も当時はそう思っていました。
私はHPVワクチンがグローバルの製薬企業で開発されることになった後も、気になってHPVワクチンのニュースをチェックしていました。ですがその後私が目にするようになったのは、残念ながらショッキングなニュースばかりでした。それはHPVワクチンの副反応で苦しむ接種者本人やその母親が救済を訴えるものでした。
HPVワクチンは当初がんワクチンとして開発されたものの、後に感染そのものを防ぐワクチンとして世に出ました。ですから感染した後のワクチン接種は無意味と、HPVウイルスに感染する前、具体的には性行為未経験の10代前半から後半までの少女に接種すべきということになっていました。
接種した少女の中には、二度と学校に行けなくなるような重い副反応に苦しんでいる娘もいましたし、母親がやり場のない怒りをあらわにし、国を相手取って裁判を起こしているという記事もありました。それはヨーロッパやアメリカなど、ワクチンが市場に出た国から起こっていました。そして日本で承認された後、似たような症例が日本でもマスコミを通じて報告されました。
当時少女たちが訴えているような脳症状や、長期にわたるひどい倦怠感、筋力の衰えのような症状は、当時はワクチンの副反応となりうる症状として観察対象にすらなっていませんでした。ワクチンでそんな症状が出るはずがないと、医師も思っていたはずです。しかもアナフィラキシー症状のように、接種直後ではなく、しばらくしてから長く続くものが多かったために、因果関係を特定できないと結論づけるものがほとんどした。ですがなぜHPVワクチンで、国を問わず似たような副反応がこんなにも多いのか、日本で承認されるずっと前からHPV ワクチンを追いかけてきた私はずっと疑問に思っていました。最初は画期的なワクチンだと思って疑わなかったからこそ、尚更です。
ワクチンのメカニズム2
ワクチン推進派の多くが誤解していることですが、実はHPVウイルスは、感染したら直ぐがんになるわけでも、100%がんになるということもありません。がんになるのは感染者の0.2%ほどと言われています。またHPVウイルスと子宮頸がんの発生に相関があるのは確かですが、はっきりしたメカニズムは未だに謎です。
HPVウイルスは通常、粘膜に感染します。ですが感染したHPVウイルスは体の自浄作用によって通常は自然にほとんど体外に排出されます。それが何らかの原因でうまく排出されず、長くとどまることによって、がん化すると言われています。そのがん化のプロセスは、数年から十数年にわたると言われています。この長い間になぜウイルスに感染した子宮頚部の細胞が、突然がん化し始めるのか、同じ個体で感染したHPVウイルスを観察し続け、メカニズムを突き止めた人はいないわけです。だからこそ、まだ少女のうち、性交前のHPVウイルスに感染する前にワクチンをと考えるわけです。
また、性的活動が活発な人ほど感染しやすいとは言われていますが、そういう人が必ずしもがんになるわけでもなければ、逆にそういう活動が少なくてもがん化する人もいます。なぜそうなのかは、個体差や遺伝子による影響があるのかもしれませんし、別の環境因子なのかもしれません。
それからHPVワクチンはがん化しやすい型がいくつか知られていますが、現在接種されているHPVワクチンで、すべてをカバーすることはできません。厚労省のホームページにもあるように50-70%くらいをカバーし、近年承認された9価のワクチンでも100%の予防効果はないので、当然子宮頸がん検診はワクチン接種後も必須です。
低い日本の検診率
日本の子宮頸がんの検診率は全世代平均で40%ちょっと、検診率が85%近い米国の半分以下です。特に子宮頸がんが増えている20代、30代に至っては検診率が20%代と低くなっています。海外に比べて日本の子宮頸がんの発生率や死亡率が高いのは、ワクチン未接種も関与していると思いますが、当然検診率の低さも関与しています。また近年はブレイクスルー(接種しているのにも関わらず子宮頸がんになった)も事例も報告されています。
国内外子宮頸がん検診率 日本医師会ホームページより引用
元々HPVワクチンはがんに関与するすべてのHPVウイルスをカバーしているわけではないので、検診がなければがんになることは確率的に当然あります。つまり子宮頸がん対策で最初にやるべきことは、年代を問わず定期検診を徹底することです。ちなみに子宮頸がんは前がん状態から、何年もかけてがん化します。頸がんの進行は通常ゆっくりです。つまりワクチンを接種しなくても定期検診すれば前がん状態で見つけることは可能です。逆にワクチンを接種したからと、何年も検診に行かずに放置すれば、知らないうちにがんが進み手遅れになることもあります。若年世代に関しては、むしろワクチンを接種したら大丈夫と、検診に行かなくなる方が私は問題だと感じています。
HPVワクチンの副反応
ここで副反応の話に戻すと、HPVワクチンの副反応で苦しんでいるという訴えの多くは、なぜか今回新型コロナワクチンで報告されている(が、因果関係なしと結論されている)症状に重なるところが多いように思います。喉や肺の症状などは、HPVワクチンの場合には見られないですが、物忘れ、筋力の低下、倦怠感など共通することも多いようです。しかも問題になる副反応は、接種した部位の腫れや数日の発熱という軽微なものではなく、かなり重篤なものが多いものが多い印象でした。
HPVワクチンの場合は、対象者が少女たちであったことから、その副反応が無視されがちだったのではと考えます。特に日本に限らず、医師という職業も男性優位で権威主義的なので、「小娘の言うことなんか信用できない」とシャットアウトされてきたのではと推測します。10歳そこそこでは、今まで経験したことのないような体の不調をうまく表現できない子もいたかもしれません。副作用を検証した調査はいろいろあるようですが、そもそも調査にかかわる医師が意図的に少女たちの症状を見ないように、思春期の気分のせいだと結論ありきで調査していないか、気になるところです。
今回の新型コロナワクチンでは、接種対象者が多く、大人の男性も多く含まれていて副反応を経験した人数や、死亡者数も多かったことから、副反応が逆に無視できない状況になっていると感じます。それでも因果関係ありと認められた人は、これまで日本で一名だけという状況なので、副反応の因果関係の調査がいかに難しいかわかると思います。
ワクチン賛成派の中には、日本だけが副反応を取り上げすぎと批判される方もいるようですが、日本で報告されているようなHPVワクチンの副反応は、日本で承認される前から世界中にあるというのが私の印象です。それでもほとんど因果関係なしと結論づけられています。HPVワクチンに限らず、ワクチンには当然、メリットデメリットがあり、接種者もそれを承諾しているとは言え、副反応の救済が全くされないようでは、メリットのあるワクチンでも逆に接種が進まないと考えます。
HPVワクチンの現状
日本では今年、接種勧奨が復活しました。それまでの接種率は長らく1%近くでした。諸外国では、カナダや英国、オーストラリアの接種率が80%近くであり、それよりアジアの途上国の接種率が実は高くなっています。理由はおそらく、メリンダ&ビルゲイツ財団が支援するワクチンプログラムによって、先進国で一回数百ドルのワクチンが5ドルほどで供給されていることが大きいのではと考えます。逆にフランスなどでは、あまり高い接種率とは言えません。
HPVワクチン接種率(国際比較) MSD社 子宮頸がん予防情報サイトより引用
費用対効果の観点からワクチンを考える
ワクチンとは本来費用対効果の高いものです。ですが個人的にHPVワクチンの費用対効果は、ワクチンの費用が高額なこともあり、定期検診等に比べてあまり高くないのではと考えていました。ですがHPVワクチンは、承認から10年以上たち、承認直後に接種した少女たちが、そろそろ子宮頸がんの年齢を迎えるため、効果についてはこれから本格的にデータ解析が行われるでしょう。そのため費用対効果の研究も、これから実施されると考えます。安全性に関しては、2017年には、WHOはHPVワクチンポジションペーパーを発表しており、これを受けて安全と判断している専門家が多いようです。
ワクチン接種によって、子宮頸がんになる確率が半分から3割くらいになるのなら、接種のメリットが十分あると判断する人は接種すればよいと考えます。個人的には高額なワクチン接種費用を国が負担するより、子宮頸がん検診を高校生くらいから無償化する方が、子宮頸がんの予防効果が高いと感じています。若いうちからかかりつけの婦人科を持つことで、問題があるのに先延ばしにしがちな生理の問題、妊娠、出産にかかわる問題等などを、子宮頸がんの問題と一緒に身近に感じるような教育をすることの方がより大きなメリットがあると思っています。あるいは学校教育で、男女ともにもっとしっかりした性教育のプログラムを導入することが重要だと考えています。
日本のHPVワクチンの今後
日本は2009年にワクチンが承認された後、接種勧奨が取り消され、それが若い世代の子宮頸がんが諸外国より高い理由とされてきました。が、それは必ずしも正しくないと思っています。またマスコミが副反応をセンセーショナルに取り上げたせいで、厚労省が接種勧奨を取り消したとされていましたが、それもまた違うと思ってきました。
厚労省は本来、ワクチン接種勧奨の取り下げに際しても、科学的な背景について説明をする義務があったと思いますし、当然できたはずです。それをマスコミのせいでそうなったとするならば、薬事行政を扱う専門家集団としては失格です。これまで厚労省からなんの説明もなかったということは、公にできない何らかの理由(圧力)で接種勧奨を取り下げたと考える方が自然でしょう。
ここにきて、政治(特に自民党議員)と統一教会の関係があらわになり、個人的にはなるほどと思いました。純潔主義を教義とする統一教会が、若年層にワクチン接種することによる性の乱れを懸念して圧力をかけたのではないかと邪推します。どおりで海外ではかなり前から承認されている中絶薬も、なかなか承認されないわけです。
一部の人間が、ワクチンの副反応を利用して、HPVワクチン接種の反対運動に利用していた節がありますが、ワクチンの副反応の原因究明や被害者の救済は、ワクチンのメリットとは別に事実に基づいて対応すべきことです。
今年からHPVワクチンの接種勧奨が再開されていますが、接種される方は、まず信頼できるかかりつけの婦人科医師を見つけることが重要と思います。そのうえで子宮頸がん対策の一つの選択肢として、副反応情報なども十分調べたうえでワクチン接種を検討するのが良いと思います。先進国で接種率が低いのは、先進国ほど情報を入手する機会も教育の機会もあり、個人が選択できる立場にあるからと考えます。