言葉の壁

現在の私はインドの会社で働いています。ですが普段は日本に一人だけいて、日本のビジネスディベロップメントを担当しています。他の国の担当者は、米国とヨーロッパに数名、インドに何人かいますが、皆自宅オフィスで働いています。ビジネスディベロップメントとは簡単に言えば営業の仕事です。小さいころは人と話すのが苦手だったので、大人になって日々新しい人と会うような仕事をするとは夢にも思いませんでした。

でも私は昔から文化人類学や言語学に興味があり、人付き合いは得意ではないけれど、違う人種や文化、言語などに非常に興味を持っていました。人によっては海外の会社で働くこと自体がストレスかもしれないけれど、私はやっぱり日本の会社で働くより、海外企業勤務の方がずっと居心地が良いと感じてしまいます。いろいろなハプニングはあるのですが、やっぱり面白い。それに日本企業って、一種独特の息苦しさというか、同調圧力がありますし、女性の場合は同じ能力でも女性だからという理由で長らく男性と同じ給料はではありませんでした。(最近は昔よりましですが)私は20代の頃から日本企業の限界(?)に気づいていて、早々に平等に扱ってくれる海外企業で直接働くという方法を選択しました。(が、このままの状態で放置するのは、日本社会全体として絶対よくないと思って政治活動を始めることにしました)

ちなみに、今のお仕事は日本に一人だけしかいないので、どの会社にアプローチするか、何を売るか、いつ働くか、どこで働くかはすべて自由です。副業も本業に影響しなければOK。決めるのは私。ただ会社はどこに行って、何々さんに営業に行きなさいとも、何を売ったらいいよとも言いません。よく、「会社に何も指示されなくて、どう仕事するの?」と聞かれることがありますが、自分でやりたいようにするだけです。2006年から別の会社で同じ仕事を始めて、ずっと完全リモート&自己完結型で仕事をしています。決まっているのは売り上げ目標だけ。

この手の仕事、日本に進出したい外資系企業がある限り、似たようなポジションの募集はたくさんあります。私のようなおばさんでも毎週のようにエージェントから(日本以外は英国やシンガポール、香港のエージェントが多い)電話がかかってくるのですが、なり手がなかなかいないとのこと。特に日本の男性はなぜか、一人で働くのが苦手な人が多いようで、たとえ給料が3分の1でも、日本企業でオフィスがあって、サポートしてくれる女子事務職員がいる会社を選ぶのだとか。今時、会社なんて大手でさえいつ潰れるかわからないし、日本企業やオフィスにこだわる人はあまりいないのかと思っていましたが(私は給料にはこだわりますが)、日本男性は違うみたいです。ちなみに私は基本毎年契約更新ですが、相手から契約終了を告げられたことは一度もなしです。まあ契約形式で言えば1年契約の非正規社員ですね、私。

もう一つエージェントが言うには、日本はやっぱり英語が問題で最終面接まで行けない人が多いと。特に男性&おじさんは酷いと。ですからこの手の仕事をしているのは、実は日本の場合女性が結構多いのです。私がやっているポジションにかかわらず、外資にヘッドハンティングされる人は、日本の場合圧倒的に女性が多いと聞きます。私によく案件を持ち込むエージェントは、スペックの同じくらいの日本男性と女性の候補者がいたら、迷わず女性に声をかけるそうです。男性は言葉の問題以外にも、女性より会社に守られている分、チャレンジしない(=転職しない)ということもあるのかもしれません。その点女性は結婚、出産など、不可抗力で辞めざるを得ない場面が多くあるので、いい話があればエイやと転職しやすいのでしょう。(失うものが少ない)しかも日本女性が外資に転職すると、給料が2倍、3倍という人も結構いるとか。それだけ日本企業では、女性は能力のわりに安くこき使われているということだと思います。

逆に日本企業が、海外に売り込みたいからと声をかけてくることもあります。が、日本にいながら例えば米国に営業をかけるのは難しいです。米国にいる営業だって大変な思いをしているのに。加えて日本企業の提示する金額があまりにも少なすぎです。業界にもよりますが、米国で一から営業を始めるとしたら現地の営業担当の給与は、年俸で3000万円くらい確保しないと厳しいです。(今は円安だし)プラス売り上げに応じたインセンティブでしょうか。それ以下だとたぶんまともな営業担当の確保は難しいと思います。

で、前置きが長くなりましたが、日本人がどうして英語が苦手かという問題。主に米国の大学に入学する学生の英語能力をはかる試験にTOEFLというのがありますが、この試験のランキングで日本はなんと、170か国中146位、アジアでは下から3番目(日本より下はラオスとタジキスタンのみ)、広い意味での先進国ランキングではなんと最下位。

TOELスコアの国別ランキング(2019年)

どうして苦手か。それはやっぱり使う機会が圧倒的に少ないからだと思います。もちろん日本語は言語的に英語と遠いから難しいというのもあるかもしれません。日本語は読み書きが難しいので、漢字を使えるようになるだけでもかなりの時間がかかるからとか、いろいろあるでしょう。

最近ではポケトークとか、Google翻訳とかAIが即座に通訳してくれる便利なものも出てきています。「英語なんて、これから勉強する必要はない」なんていうおじさまもいますね。が、旅行はポケトークが多言語にも対応していて便利だけど、ビジネスではそういうわけにはいかないと思います。日本において日本語でするビジネスを考えても、商談相手の微妙な言葉のニュアンスを読み取らないとなかなかクロージングにまで至らないのに、英語でするビジネスはAIの通訳で十分なんて思えませんよね。だからこそ日本に進出したい外資は日本人の営業が欲しいわけです。

売りたいものによっては、かなりの専門用語を使ったり、相手の意図をくみ取ったり、答えるときだって、その分野の知識や長年の経験が必要な場合があるわけですから。その点理系は少なくとも専門知識はすでに英語が頭にはいっているので、会議の前後のsmall talkは苦手でも、商談はちゃんとこなせる人が多いと思います。

今日たまたまYahooニュースを見ていたら、失速したクールジャパン 政府肝入りファンドに「最後通告」というのがありました。民間でさえ苦手な海外営業を、国内しか経験がなく、ビジネス経験もない日本の役人にできるわけがないと思います。コメント欄を見ていると、なるほどと思う意見も多いですね。結局役所に取り入る&書類を作るのがうまいだけの使えないコンサルにお金を吸い取られて終わりだというのは正しい理解だと思います。

私が今いるインドの会社では、仕事の言語は英語です。ちなみに私が働いている会社では研究所が北インドと南インドの二か所にありますが、北インドでは英語の他ヒンディー語も使われているようです。

インド人の英語はと言うと、昔はかなり訛っていました。一部の富裕層で、英国留学経験者が特別イギリス英語を話す感じでしたが、今のインド人の発音はアメリカ英語です。若い人は特に、本当にきれいな米語を話します。インターネットの影響が大きいと思います。

南インドでは北インドよりずっとたくさんの言語が使われているため、共通語は完全に英語です。南インドは政治的にアンチ北インドなので、ヒンディー語は嫌われていてほとんど使われていません。が、使わないけど聞いてわかるという人は多いです。南インドの研究所はバンガロールにあり、バンガロールのローカル言語のカンナダ語や、お隣のタミルナドゥ州タミル語などを母語としている研究者が多いです。

ちなみに言語としては、タミル語は日本語と文法がほとんど一緒で、タミル語日本語起源説というのがあるくらいです。興味のある方はこの動画をどうぞ。

日本語タミル語起源説を地図で考える

ヒンディー語はちなみにヨーロッパ系の言語に属するので、ヒンディー語とタミル語は全く違う言語です。タミル語を母語としているインド人も、もちろん皆流ちょうな英語を話します。母語の文法は英語の能力と関係ないってことですね。

私が今いる会社の従業員は母語の他にインドの方言をいくつかと英語、それに加えてポスドクで英語圏以外に留学経験のある人も多く、フランス語やドイツ語などを流ちょうに話す研究者も多いです。ほんとうにインド人すごいです。

そして今の会社は社長がイタリア人で、もちろん仕事は英語です。プロジェクトマネージメントのトップがイタリア系スイス人の女性で、何か国語も堪能かつケミストリーで博士号を持っています。そういう環境で働いていると、日本という国が逆に普通じゃないような気がしてきます。

米国もそうですが、その国の言語しかできないというのは、外国語を話す必要がない環境にいるということです。日本はこれまで国内市場もそこそこに大きく、外国に頼らなくてもなんとかなってきたので、日本語だけで大丈夫だったわけです。でもこれからはちょっと違うのではないでしょうか?国内市場が縮小して海外に向けて日本をプロモーションしなくてはならないし、もっといい待遇を求めて海外に出稼ぎに行く人も増えると思います。私は仕事柄、展示会などで韓国人と話をする機会も多いのですが、現在の韓国人ビジネスパーソンの英語レベルは、日本とは本当に比較にならないという実感があります。TOEFLのランキングもいつの間にか日本よりはるか上になりました。

結論は、やればできる、壁は越えられるってことです。