コロナ治療薬いろいろ

最近塩野義製薬のコロナ治療薬がようやく承認されました。一部の報道ではあまり効果がないのではないかという話もありましたが、承認されたということはそれなりのデータが積みあがったということだと思います。

薬の承認には治験と言って、実際に新薬をヒトで試して効果を判定する試験が必要です。詳細については長くなるのでここでは書きませんが、薬の承認には、統計学の知識と少なからず運も必要です。何が言いたいかというと今回のような感染症の薬の場合、治験は感染がある程度深刻なうちに実施しないと効果判定が難しくなってしまうのです。

日本でこれまでワクチンや治療薬が出なかったのは、他の国に比べて治験を始めるタイミングが圧倒的に遅く、比較的症状が軽い変異株のタイミングで治験になってしまったことも大きいと思います。これを運というと語弊があるでしょうか。

また症状が極端に重症化し、感染するとほぼ死んでしまうような場合、二重盲検試験と言って一方の患者に偽薬、一方に治験薬という試験設計にして治験薬の効果を試すということが難しくなります。偽薬を投与された患者は死ぬかもしれないのですから、そのような設計が倫理的にOKなのかという点で難しいでしょう。

最近の変異株は以前ほど重症化しないようになったように思います。そうなると、それはそれで治験薬の効果が判定しにくくなります。感染しても、のどがイガイガするだけとか、鼻がぐずぐずするだけだったら、薬を飲んでも飲まなくても回復までの道のりはいずれにしても短いわけです。その状況の中で治験薬の効果を判定するのは非常に難しいでしょう。

治験の母集団を大きくすれば統計的に違いを証明できるかもしれませんが、それだけの患者を集めることも、流行が下火になると難しいですし、費用もかさみます。ほどほどに重症化し、治験薬を飲んだ被験者が速やかに回復し、偽薬を飲んだ被験者がゆっくり回復するような環境が理想なのですが、塩野義製薬の治療薬が今のタイミングになったのは、そのような理想的な治験環境が巡って来なかったということもあると思います。

新型コロナウイルスの治療薬としては2020年の当初、富士フイルムのアビガンが注目されました。が、アビガンという薬はかなり特殊な前提で承認された薬で、日本ではこれまで使用されたことがありませんでした。

薬には添付文書というものがありますが、アビガンの添付文書を読むと、おかしな点がいくつもあります。第一に、アビガンはインフルエンザの治療薬として承認されたのですが、「他のインフルエンザ治療薬が効果のない場合に使用してもよい」となっており、一方で厚生労働大臣の許可があるまで製造販売してはいけない特殊な薬になっています。

アビガンの添付文書

第二に、添付文書の中に掲載されている代謝・薬理データ、臨床試験データがほぼ外国人データばかりであること。

第三に、極めつけはほとんどの治験例で、プラセボ(偽薬)との有意差は認められないという結果であり、有意差が出たという結果も外国人データであること。

これを読むと、日本ではそもそも治験をしていないのか?と思ってしまいます。しかも効果があるというデータがほぼ存在せず、データとして掲載されているのは海外データばかり。日本での承認には少なくとも日本で実施した治験データや日本人グループを含む国際共同治験データが必要と思うのですが、承認に必要なデータがそもそもそろっていないのではと。

最初にこの添付文書を読んだ時に、なぜこの薬がこんな変な形で承認されたのか不思議に思っていました。メカニズム的にRNAウイルスによる感染症の治療薬として効くというところはポイントかもしれませんが、こんな中途半端な承認の仕方では、そもそもいざというときに使えません。厚労大臣は一体どのような基準や根拠に基づいてで製造を許可するというのでしょう?

2011年の震災の時、私は福島に薬剤師としてボランティアに行きました。その際、現地にたくさんのヨウ素剤が備蓄されていたのを見ました。ヨウ素剤は放射能漏れ事故が起こった際、放射性ヨウ素を取り込まないように飲むものです。それは現地の人はよくわかっていたはずですが、そのタイミングや指揮系統が全く示されておらず、結局誰も飲まなかったのです。どのような放射能事故が起こった場合、どのような放射線量の時、事故が起こって何時間以内に、どのくらいの量を飲むのか、市町村の首長が指示を出すのか、その首長にGOサインを出すのは誰なのか、誰も知りませんでした。このアビガンも、いざという時のためにせっせと備蓄してきたわけですが、どういったタイミングで投与すべきなのか、誰が判断すべきなのかは結局全く議論されてこず、備蓄や廃棄に使うお金だけが無駄になったということです。そしておそらく、これからも使われないでしょう。

最近になって、アビガンの北米開発に詳しい知人から話を聞きました。どうやら富士フイルム(あるいは厚労省?)は日本ではなく、ある企業を介して北米で承認を取りたかったようです。ですが承認を検討していた企業が申請を取り消し、データも使えなくなったようです。にしても、せめて日本で承認されるために、治験をやり直すぐらいのことをしてもよかったのではと思います。コロナ禍でも結局、この薬の承認の特殊性ゆえに、まともな治験ができず、結局RNAウイルスである新型コロナウイルスにも有効性が認められないということになりました。データを出せないのであれば、いっそのこと承認を取り消しても良いのではと思いますが。。。結局のところ運のない薬なのかもしれません。