日本にいるべきか、出るべきか その2

前回は最近の円安もあって、海外に出稼ぎに行く日本の若者が増えているというNHKの番組の話をしました。

私は長年医薬品の研究開発の仕事にかかわっているのですが、この業界でも似たような傾向があるように思います。というのも日本企業は製薬企業に限らず、過去20年以上研究開発に積極投資をしてきませんでした。採用する研究員の数も、私が社会人になったころに比べると本当に何十分の一といったところです。大学はというと、博士を取得する研究者の数も一時期に比べ減っています。その少ない博士を必要とするポジションも日本には少なく、待遇も他国に比べてよくないため、必然的に優秀な人材は海外を目指します。私が社会人になった頃も、海外にポスドクに行く人はたくさんいましたが、大抵数年で日本に戻ってきました。ですが今は、おそらくそのまま海外に骨をうずめようと考える人が増えているのではと感じます。

医薬品研究に関していうと、今、米国のボストンに製薬企業やベンチャーの研究所がたくさん集まっています。そこには日本の製薬企業の研究所も多くあります。現在、米国でポスドクを終えたくらいの研究者の給与は、日本の同レベルの2-3倍ですので、たとえ物価が高くてもそこで就職したいという研究者は多いでしょう。また研究者にとって給与より重要なのは、自分がやりたいと思えるような研究の機会が多いことです。日本よりずっと潤沢な研究資金や、世界中の優秀な頭脳が集まるところで研究したいという人は当然多いでしょう。加えて待遇もよいとなれば、日本に戻る理由はないと言えます。

近頃政府は、高度専門職の外国人が短期間で永住権が取れるよう、制度を作るというニュースがありました。そうした人材は日本以外でも売り手市場ですから、日本にしかないインセンティブがないと獲得は難しいでしょう。ニュース記事

NHKの番組では主に、20代の若者が話題になっていました。この年代ですと、例えばオーストラリアなどでは、ワーキングホリデービザなどで、合法的に働くことが可能です。ですがこの年代以上の日本人が海外で働くのは簡単なのでしょうか?

実は私は30代の頃、カナダの永住権を取ってカナダの大学院で学んでいたことがあります。(現在永住権は失効しています)なぜ大学院で学ぶのに永住権かと言えば、いくつか理由があります。ひとつには日本以外の国では、海外からの留学生は基本自国の学生の倍以上の授業料を払うのが普通だからです。そういう意味で、外国人留学生に授業料、かつ生活費や渡航費を支給する日本は異常なのですが、ここではテーマからはずれるので、授業料の話はまたの機会にします。

カナダの場合、永住権保持者はカナダ国民と同じ授業料であるため、永住権を取ってから留学する外国人学生も多くいます。またカナダの大学生は若者だけでなく、元々社会人が山ほどいます。外国人の場合、カナダの大学院を出ていると、カナダでの就職に有利なのでまずは大学院で学ぶという人もいます。あるいは永住権保持者は、大学に籍を置いていても仕事の時間制限がないので、仕事をしながら学生をする人にも好都合です。永住権=永住目的というわけでは必ずしもありません。

ちなみに私は経済学部に留学していましたが、永住権を取ってから大学院に入ったという学生が私の他に2人いました。一人は中国系インドネシア人の40代の男子学生、もう一人はペルシャ系トルコ人の女子学生です。

カナダの永住権は取りやすいのかと言われると、私が取った20年前は、米国の永住権(抽選は除く)に比べれば取りやすかったと思います。当時から永住権が出やすかったのはカナダに不足している人材でした。カナダは永住権の審査が当時はポイント制で、カナダが必要としている人材については高いポイントがもらえました。例えばすし職人(どの国でも大人気です)、IT人材、介護人材、看護師、医師など。特にカナダは米国と国境が近いため、米国に待遇の面で負けている職業については、常に不足しています。

また、高いポイントを得るには、若いこと(長く税金が払えるため、若いほど高いポイント)、学歴が高いこと、健康であること等が条件です。そして一番大事なのは、移民申請の書類を自分で読んで理解して申請できること。よく移民の申請書類を弁護士に代行してもらう人がいますが、これは全くおすすめではありません。申請書類にも「申請者本人が記入してください」と書いてありました。つまりこの手の申請書類が理解できないような人には、移民して欲しくないということです。投資移民のように、お金で永住権を買うのでなければ、移民したその日からカナダで普通に生活できる能力がある人が前提条件になるわけです。ちなみに私は学歴のせいもあるのか、インタビューは免除で、申請から半年ほどで永住権を得ました。申請に必要な書類はすべて一人で作成しましたので、当時のカナダの永住権のしくみについては、他人にアドバイスできるくらい詳しいです。

それでは永住権を持っていれば、仕事は簡単に見つかるのでしょうか?答えは残念ながらNOです。もちろん先に述べたカナダで超不足している仕事であれば、もちろんあるでしょう。ですがそれ以外はなかなか大変です。不足している仕事でも例えば医師の場合、英語圏(オーストラリア、英国、米国など)から移民した医師はそのまま医師として仕事ができますが、日本人の場合はカナダで国家資格試験の受験が必要ですし、途上国出身者に至っては大学院の課程からやり直しです。また、日本に多い事務職というのも、海外ではなかなか仕事にありつけません。何か専門性と日本語を使うような仕事でなければ、そうした仕事は常にカナダ人が優先されます。

カナダの場合、実は民間セクターが観光業以外あまり強くなく、大卒者の仕事がほぼ公務員であることもネックになります。というのも、公務員になるにはたいてい市民権の取得が必要で、永住権取得から3年以上たたないと市民権が得られないのです。ですからその空白を埋めるためにも、大学院に通う永住権保持者がカナダには多いのです。

これから海外に出稼ぎに行こうと思っている人、移住しようと思っている人に、あまりネガティブなことは言いたくないのですが、やはりいろいろな差別もあります。例えばカナダの大学院で同級生だったトルコ人の女性は、永住権を持っているとカナダ人に言うと、すぐに「難民なの?」と答えが返ってくると嘆いていました。私自身も永住権を持っているというと「カナダ人男性と結婚したの?」といつも言われました。今はどうかわかりませんが、当時カナダでは、日本人女性といえば、純朴なカナダ人男性を永住権目当てでたぶらかす悪い女というイメージがあり、あまりよく思われていませんでした。

もちろん親切にしていただいた人も沢山いますし、悪い人ばかりではありません。でも日本にいる時より、いろいろな面で注意が必要なのも確かです。例えば同級生だった中国系インドネシア人の彼は、奥さんと小さなお子さんと3人暮らしでした。ある時、大学に残って授業の課題をグループで取り組んでいた時、議論の合間にトイレに行って戻ってきました。ほんの数分してから、財布を手洗い場に忘れたことを思い出し、直ぐに戻りましたが見つかりませんでした。財布には現金の他、クレジットカードや様々な身分証明書が入っていました。翌日、現金だけ抜かれた財布が大学のごみ箱から見つかったのですが、もちろんクレジットカードなどは直ぐにすべてキャンセルしました。そして何事もなく数か月が過ぎました。

事件は、彼の子供が喘息の発作を起こし、奥さんと3人で子供病院に出かけたときに起こりました。なんと病院にいた数時間の間に、家に泥棒が入り、家財道具一式すべて持っていかれたのです。子供のテレビゲームのソフトまでとにかくすべてと。家に戻ったら、家の中ががらんどうだったそうです。ということは、犯人はずっとどこからか機会をうかがっていたということですし、家財道具を運び出すための車なども用意してあったということです。このようなことは彼の母国であるインドネシアでも起こらないと、非常にショックを受けていました。そして彼は間もなくして母国に帰ってしまいました。

最後は少々脅しのような文面になってしまいましたが、個人的には機会がある人には是非海外での仕事にも挑戦して欲しいと思います。私は残念ながらカナダではいろいろ問題があり、結局、大学院修了目前で日本に帰国したのですが、行ってよかったと思っています。結果的にその国にずっと住むことになるか、あるいは比較的早く戻ってくるか、それは運次第です。今は国によっては社会保障協定があり、海外で払った社会保障費が無駄にならず、日本に戻ってきて年金として受給できる仕組みがありますので、その辺もしっかり勉強して、特に若い世代には挑戦して欲しいと思います。